第58回全国高等学校演劇大会(富山大会)青森中央高「もしイタ〜もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」感想



 こちらはオイラの感想です。


 最優秀となった青森中央高「もしイタ−もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」は、今大会中抜群の出来だった。青森の弱小野球部の女子マネージャーが、チームを甲子園に行かせるため、イタコのおばあさんを連れてきて、かつての名投手沢村栄治の霊を呼び出し、地区大会を連戦連勝する。作者(顧問)はかつて中西理が「奇想の劇作家」と評した畑澤聖吾。その名に違わず、パロディを模した奇抜な発想のホラ話に、高校生ならではの爽やかな演劇的表現を盛り込んで、エンタテインメント性も高い60分に仕上げてみせた。


 何もない舞台。大道具・小道具・音響装置は使用せず、照明も地明かりのみにとどめ、30名近いメンバーの、生き生きとした身体表現だけで、物語を綴っていく。効果音や劇中のBGMは役者が口ずさみ、人間はもとより動植物までマイムで表現する。被災地での巡回公演時、できるだけ移動にお金と人手がかからないようにするための工夫とのことだが、もっと本質的なことを言えば、必要なのは役者の「身体」のみという、演劇としてとてもピュアな成り立ちの作品であり、その点にもオイラは好感を持ったのだった。


 役者は粒が揃い平均値が高い。どんな身体訓練をおこなっているのか個人的には興味がある。今大会、多人数出演のスケールの大きな芝居はいくつかあったが、他校では力みの強い演技や、何かと言えば正面を切る単調な表現も中には見られた。青森中央高のメンバーは、リラックスして感情解放がよくできていた。気持ちがうまく乗った素直な演技で、軽みから重厚さまで、帯域の広い演技が印象的だった。


 イタコによって呼び出される名選手は、沢村栄治。戦前から戦時中にかけて活躍した伝説の速球投手で、太平洋戦争で徴兵され戦死した。「もしイタ」では、野球ができなくなった沢村の無念さと、東日本大震災で死んでしまった高校球児たちの無念さを重ね合わせ、太平洋戦争と東日本大震災という、人の生死に関わる大きな日本史的大事件を結びつけることで、作品の普遍性を高めている。


 具体的にいうと、登場人物のひとりであるカズサが死者に対して言うセリフ「みんな、ごめん。・・・・おれさ、・・・・おれ、・・・・みんなのこと、絶対忘れないって約束したのに、俺、また野球やって、楽しくて、いろんなこと忘れてた。ごめん・・・・俺、最低だよ。・・・・ごめん」このセリフは、もちろん東日本大震災の死者に対するセリフだが、太平洋戦争を扱った映画のセリフのようにも聞こえる。オイラが連想したのは、映画「東京物語」のラスト、戦争未亡人の原節子が義父である笠智衆に語るセリフだった。


 「わたくし、ずるいんです。お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません。・・・・このごろ思い出さない日さえあるんです。忘れてる日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、いったいどうなるんだろうなんて、夜中にふと考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎてゆくのがとっても寂しいんです。どこか心の隅で、何かを待ってるんです。ずるいんです(東京物語)」


 戦争の圧倒的な死。日本に生きる我々は、心の傷と喪失感を、民族のレベルとして刷り込まれた。中には死者にとらわれて、生き残ったことに、後ろめたさを感じながら生きる人たちもいた。真に癒されるべきは実は生き残った者である。


 圧倒的な死という点では、震災も戦争と同じである。ラスト、被災者のひとりであるカズサは、イタコ(チームメイト)によって呼び出された死者たち(かつてのチームメイトや母親)と野球をする。復活した死者によって傷ついた生者が癒されるこの場面は、作劇上もちろん不可欠な場面なのだが、ずっと物語の主人公のように振る舞ってきた女子マネージャーのシオリが、物語の前景から後退する。最後の最後で「もしイタ」は、被災者カズサの物語になるのである。バランス上、その処理に違和感を覚える人もいるだろう。だが実は最初から「もしイタ」は、女子マネージャーの話ではなく、被災者カズサの物語として作られたのだ。そうでなければ、そう思わなければ、この芝居は、西堂行人言うところの「震災をネタに使う演劇」の一本になってしまう。


 「震災の芝居を作る」という覚悟と葛藤が、芝居の向こうに確かに見える。高校生たちが被災地を回り感じたことや学んだことが、きっと芝居作りに生かされ、全国大会の舞台に結実したことだろう。ある意味被災地で「祝福」されて生まれた作品なのだ。見終わった後の幸福感から、そんなことを考えさせられた。



関連エントリ 西堂行人氏の講評http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120809


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なんびとも一島嶼にてはあらず、
なんびともみずからにして全きはなし、
人はみな大陸の一塊、
本土のひとひら
そのひとひら 土塊を、波のきたりて洗いゆけば、
洗われしだけ欧州の土の失せるは、さながらに岬の失せるなり、
汝が友どちや汝 みずからの 荘園の失せるなり、
なんびとのみまかりゆくもこれに似て、
みずからを殺ぐにひとし、
そはわれもまた人類の一部なれば、
ゆえに問うなかれ、
誰がために鐘は鳴るやと、
そは汝がために鳴るなれば。

 ジョン・ダン(訳:大久保康雄)