『男たちの旅路』「流氷」


男たちの旅路 第4部-全集- [DVD]

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 山田太一脚本によるNHKの名作ドラマ。第4部第一話。1979年放映。全13作(スペシャル1話を含む)のうち第10話にあたる。第3部第3作「別離」で、悦子(桃井かおり)の死をきっかけに、行方不明になってしまった吉岡(鶴田浩二)を、陽平(水谷豊)が北海道まで探しに行く。



 本シリーズは「別離」で終わるはずだった。山田太一もそのつもりだったと告白しているし、内容的にも「別離」で一区切りついている。ところが、視聴者の反響や続編を熱望するNHKの要望が強く、また、山田自身も、2年ばかり付き合いのあった身体障害者をモデルに、社会派ドラマを作りたいと思っていた。それが第4部第3話「車輪の一歩」の企画へとつながっていく。だが「車輪の一歩」を作るためには「別離」のラストで行方不明になった吉岡を復活させなければならない。そのための回が、この「流氷」である。


 「流氷」は「男たちの旅路」のフォーマットを踏襲しない。これまでは警備の現場で起こった出来事を中心にドラマが展開していくのが通例だったが、本作では警備の現場は出てこない。舞台は根室根室を舞台に選んだ理由を山田は次のように言う。「霧の濃い季節で、町は鮮明な姿を見せず、港へ出ても盛り場を歩いても霧か靄が流れて、不透明なその奥にいくつもの物語がひそんでいるように思えた。身をかくした吉岡にふさわしいという気がした(山田太一作品集4「あとがき」より)。


 正直に告白すれば、30年前、いつもの展開と違うこの回を見たとき、少々拍子抜けをしたのは確かである。陽平の説得に応じて、吉岡が東京に帰るのは、創り手の都合でしかないような気がしたからだ。予定調和であり、回数稼ぎのような気がしたのだった。もちろん、この回がなければ先に進めないことは頭では理解していても、なにしろ放送は2年ぶり、そして3回しかない。これで貴重な一回分がなくなるのは悲しすぎる! そもそも終わったものをもう一度始めるには無理があったのだ、高校時代のオイラはそう思ったものだった。


 30年以上たって、見直して思ったのは、悦子の死を受け入れられず、根室で無精髭を生やし皿洗いをしている吉岡の姿は、やはり少々ステロタイプではないだろうかということである。「時々悦子を忘れているよ」というセリフも、映画「東京物語」のラスト、戦争未亡人の原節子が義父である笠智衆に語るセリフを連想させる。「別離」から一年半がたっているにせよ、陽平の説得だけで吉岡が帰京を決意するというのは、少々図式的な展開のような気がする。吉岡の帰京をちゃんと描くなら、この回だけでは足りなかったのかも知れない。


 とは言え、水谷豊は相変わらず清清しいし、今回初登場の清水健太郎岸本加代子は、朴訥とした感じに好感が持てる。特に陽平(水谷豊)のセリフが心にしみる。いつもは説教じみた長セリフを喋るのは吉岡だが、「流氷」では陽平が吉岡にむけて喋る。次のセリフは、根室の吉岡のボロアパートで、東京に帰るよう、説得するセリフである。



 (引用ここから)
 「気にいらないね。そうじゃないの。全然気に入らないね。俺はね、甘ったれた事言う気はないよ。東京で待ってる社長はどうなる? 社長の好意は知ったこっちゃないのか、なんて言わないよ。俺にしたって、出張費貰って仕事でやって来たんだ。いいですよ。司令補帰ってくれなくたって、ちっともかまわねえよ(実はそうではない)でも、それでいいのかねえ。それじゃあ、ちょっと始末がつかねえんじゃないのかねえ」


 「特攻隊で死んだ友達を忘れねえとかなんとか、散々格好いい事言って、それだけで消えちまっていいんですか?・・・・あの頃は純粋だった、生き死にを本気で考えていた、日本を生命をかけてまもる気だったとか、いい事ばっかり並べて、いなくなっちまっていいんですか? そりゃあね、昔の事だから、なつかしくて綺麗に見えるのは仕様がないよ。俺だって、小学校の頃のこと思うと、いまのガキよりもましな暮らしをしてたような気がするもんね。だけど、なつかしいような事言いまくって消えちまっていいのかね」


 「戦争にはもっと嫌な事があったと思うね。どうしょうもねえなあ、と思ったこととか、そういう事いっぱいあったと思うね。戦争に反対だなんて、とても言える空気じゃなかったって言ったね。大体反対だなんて思ってもいなかったって言った。いつ頃から、そういう風になって行ったか、俺はとっても聞きたいね。気がついたら、国中が戦争やる気になっていたとかさ、そういう風に、どんな風にしてなって行くのか、そういうこと、司令補まだ、なんにも言わねえじゃねえか」


 「どうせ昔のことしゃべるなら、こんな風にいつの間にか人間てのは、戦争する気になって行くんだってところあたりをしゃべって貰いたいね。そうじゃないとよ、俺たち、戦争ってえのは、本当のところ、それほどひどいもんじゃねえのかもしれない、案外、勇ましくて、いい事いっぱいあるのかもしれないなんて、思っちゃうよ。それでもいいんですか? 俺は五十代の人間には責任があると思うね」(引用終わり)


 陽平のまっすぐな言葉は、今の社会にも通じる警句であり、オイラに向けられた言葉でもあると受け取った。オイラは陽平の言う世代としての「責任」を果たしているだろうか。そして、もしオイラが行方不明になったなら、地の果てまでも呼び戻しに来てくれる者はいるのだろうか?





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