『男たちの旅路』「車輪の一歩」


男たちの旅路 第4部-全集- [DVD]

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 このブログでずっと追い続けている山田太一脚本によるNHK1970年代放映のドラマ。第4部第3話。全13作(スペシャル1話を含む)のうち第12話。車椅子の障害者の若者たちと、警備会社の吉岡(鶴田浩二)や尾島(清水健太郎)、信子(岸本加代子)などとの交流。障害を持つ若者たちに、京本政樹古尾谷雅人、斎藤洋介、斎藤とも子。他に赤木春江、柴俊夫



 前にも書いたが「男たちの旅路」第4部は、山田太一の中では、もともと作られるはずではなかった。作品的にも、第3部の最終作「別離」で完結している。「結局のところ、反響の大きさ、視聴率の高さ、NHKの方針に私が抗せなかったわけだが、しかし一方で、身障者の人たちとのつきあいがなかったら、引き受けたかどうか分からない・・・・そこから得たさまざまなことをドラマにするのに、このシリーズがとてもふさわしいと思うように思った(「山田太一作品集4/あとがき」より)」


 つまり、この作品を作るために第4部が企画されたのだ。たとえば中心人物になる尾島兄妹(清水健太郎岸本加代子)の設定。人のいい彼らは、悪意を持って接する障害者の若者たちに親切にする。その親切があるから、若者たちと警備会社の人々との関係がつながっていく。作品を成立させるためには、田舎から上京したての「悪意に気づかないほど純朴な兄妹」という設定が必要だった。前作「影の領域」もそうだのだが、第4部は、そうした尾島兄妹の設定で成り立っている作品群のような気がする。


 吉岡(鶴田浩二)も、第3部までと少し違う。これまでは彼の葛藤がドラマの核をなしていた。彼の怒りや苛立ちがドラマを進めていく原動力になっていた。その人間くささがシリーズの魅力だった。ところが本作では、彼は障害を持つ若者たちを見守る立場になり、物語に渦を作り波をたてる役割から後退しているように思う。枯れた印象なのだ。彼はこれまでどおり説教もするが、彼自身の述懐というよりは「教科書的な内容を語る役割を持たされている人物」である。障害の問題が、彼自身の問題にはなりえていない。それが物足りない。「シルバー・シート」では、老人たちと向き合ったとき「いつかは年を取る」といって彼は陰鬱な気分になったではないか。


 「冬の樹」とよく似たセリフがある。障害を持つ子の親から、吉岡が問い詰められるのだ。「分かるんですか? 親の気持ちが分かるんですか?」と。問い詰められた吉岡は何も答えない。一方、「冬の樹」では、子どもと向かい合う覚悟の決まらない父親に対し「あの子はな、あの子は、まだ一人前じゃあないんだ。叱ってやらなきゃあいかんのだ。抱きしめてやらなきゃいかんのだ。私にはわかるぞ。あの子が、どんな思いで町を歩いてるかわかるぞ」と吉岡は言うのだ。しかし若い陽平たちに「(子どものいないあなたに)分かるわけないじゃないですか」とたしなめられる。それでも吉岡は「わかる」と言い切る。そうした人間くさい性急さや思いが、本作には薄い。吉岡も齢を重ね年を取ったということだろうか。だが、それまでのシリーズの熱を覚えているオイラにしては、「車輪の一歩」は、世間的な評価の高さにかかわらず、物足りないのである。



 以下、吉岡が障害者の若者のひとり、川島(斎藤洋介)と会話するくだり。


吉岡「言いにくいというより自信がない。君たちは、いろんな目にあっている。私たちは、それを想像するだけだからね。見当はずれだったり、甘かったりしてしまうかもしれない」
川島「それでもいいんです。本気で言ってくれるのだったら、聞きたいんです」
吉岡「君たちは、丈夫で歩き回れる尾島君と妹にとりついて、迷惑をかけてやろうとした。車椅子の人間が、どんな気持ちで生きているか、思い知らせてやろうとした。それをいいとは言えない」
川島「(うなずく)」
吉岡「そんなふうに恨みをぶつければ、結局は自分が傷つく」
川島「(うなずく)」
吉岡「しかし、だからといって、アタマから人に迷惑をかけるなと、聞いたふうな説教はできない」
川島「――」
吉岡「あの晩には、まだそれほど考えが熟さなかったが、いまの私はむしろ、君たちに、迷惑をかけることを恐れるな、と言いたいような気がしている
川島「――」
吉岡「これは私にも意外な結論だ。人に迷惑をかけるな、というルールを、私は疑ったことがなかった。多くの親は、子供の、最低の望みとして「人にだけは迷惑をかけるな」と言う。のんだくれの怠けものが「俺はろくでもないことを一杯してきたが、人様にだけは迷惑をかけなかった」と自慢そうに言うのを聞いたことがある。人に迷惑をかけない、というのは、今の社会で一番、疑われていないルールかしれない」
川島「――」
吉岡「しかし、それが君たちを縛っている。一歩外に出れば、電車に乗るのも、少ない石段を上るのも、誰かの世話にならなければならない。迷惑をかけまい、とすれば、外に出ることが出来なくなる」
川島「――」
吉岡「だったら、迷惑をかけてもいいんじゃないか? もちろん、いやがらせの迷惑はいかん。しかし、ぎりぎりの迷惑は、かけてもいいんじゃないか。かけなければ、いけないんじゃないか」
川島「――」
吉岡「君たちは、普通の人が守っているルールは、自分たちも守るというかもしれない。しかし、私はそうじゃないと思う。君たちが、街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館へ入ったり、そんなことを自由に出来ないルールは、おかしいんだ。いちいち、うしろめたい気持ちになったりするのはおかしい。私は、むしろ堂々と、胸をはって、迷惑をかける決心をすべきだと思った」
川島「そんな事が通用するでしょうか」
吉岡「通用させるのさ。君たちは、特殊な条件を背負っているんだ。差別するな、と怒るかもしれないが、足が不自由だということは、特別なことだ。特別な人生だ。歩き回れる人間のルールを、同じように守ろうとするのは、おかしい、守ろうとするから歪むんだ」
川島「――」
吉岡「そうじゃないだろうか?」



 追記:


 このドラマが放映されて30数年が過ぎた。2012年12月、ネットで「ヤバすぎだ」とさんざん話題になった自民党の「日本国憲法改正草案Q&A」には、憲法内の「公共の福祉」という言葉が「公益及び公の秩序」という言葉に置きかえられている理由として、「個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは、当然のこと」と書かれている。

 
 吉岡が障害者の若者の一人に言う「いまの私はむしろ、君たちに、迷惑をかけることを恐れるな、と言いたいような気がしている」という言葉の精神は、自民党政治家の人々にはまったく根付いていないようである。


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