毎日何を伝えているのか

■日本の学校で、自分を見失わないように生きるのは至難のワザだ。職朝で伝達して下さいと言われる事項は、けっこう膨大な量で、クラスで伝達するだけで一苦労。各担当から言われたことを、そのまま伝えて終わり、ということもよくある。教師が咀嚼する時間がないのだ。何も考えずに高校生に下している人もけっこういて、でもそうすると「エゴを捨てろ」「右から左に伝えろ」「何も考えるな」というメタ・メッセージが勝ってしまい、高校生には「黙ってしたがえ」「逆らうな」「何も考えるな」と伝えてしまうことになると思っている。

■教師一人ひとりが、高校生に「どう伝えるのか」そして「どう指導するのか」が勝負なのだと思う。それぞれの教師が考え、それぞれの言葉で語り、それぞれの視点で指導する。足並みは揃えないと浮いてしまうけれど、足並みを乱すことを恐れて、思考停止して上の言うことに追随していると、統制強化に無自覚に加担することになる。教師こそが、ほんとうはそのことをもっと自覚しなければならない。

■たとえは、教員の多くが、偏差値教育を「当たり前」「仕方ないこと」として無意識のうちに受け入れているように見える。競争を肯定することは、選別体制の強化に手を貸すことだし、格差拡大を認め、貧者に厳しい現実を肯定することでもある。それが高校生に受験の過重な負担を課すことにもつながっていると思う。