椹木野衣「戦争と万博」ほか



       (美術出版社/¥2800+税)



戦争と万博

戦争と万博


大阪万博に動員された前衛芸術家たち


 「戦前に計画された紀元2600年博と1970年の大阪万博EXPO‘70を結ぶ、都市計画家、建築家、そして前衛芸術家たちの、終わりなき「未来」への夢の連鎖の中に「環境」の起源をたどるタイムトラベル的異色長編評論(「帯」より)」


 万博というのは、国家権力とアナーキズムが隣り合わせでせめぎ合うまれな場所である。

 愛知万博では想像もできないことだが、大阪万博では多くの芸術家が「動員」され、人類の「未来」について多くの表現活動を行なった。中には、万博を通じて自らの芸術的野望を実現しようとした建築家もいれば、ダダカンこと糸井寛二のストリーキング(ハプニング)のように、レジスタンスのような「表現」をおこなう者もいた。ダダカンや「反博」を除くと、多くの芸術家たちは、国家のプロパガンダに載って予算を与えられ、国家によってからめとられ、そこで「未来」という名前の「理想を」賛美する作品を作ることにあいなったのである。


いつの世も「輝かしい未来」のために人は動員される


 大阪万博のそうした狂騒のなかに、筆者は、あの「戦争」の影を見逃さない。大阪万博に集った狂騒的な「前衛芸術」こそが、国民が国家権力に取り込まれていった、太平洋戦争のときの狂騒の出現と類似していることを、様々な角度から筆者は指摘する。吉見俊哉「万博幻想」でも触れられていたが、大阪万博は戦前に計画された「紀元2600年博」の仕切り直しである。「戦争」と「万博」は、さまざまなレベルで関連して、同質的な狂騒が繰り返され、継続されてきたのだ。「万博幻想」が、社会的・政治的にそのことを明らかにした書だとするならば、「戦争と万博」は、芸術的にもそうした連関があったことを明らかにした書である。

 たとえば「大東亜共栄圏」という当時のスローガンに代わるものが「人類の進歩と調和」という大阪万博のスローガンである。「戦争の勝利」が「輝かしい未来」だったのと同様、「科学の進歩」は「輝かしい未来」なのである。前衛芸術家は、「輝かしい未来」を描くため、そして千里丘陵に仮設された未来都市を「建設」するために、いわば「動員」されたのである。


愛知万博/芸術家はそこにいなかった


 いささか内容を単純化しすぎたかもしれない。本書の内容はもっと多岐にわたり複雑である。全体像をとらえるのに僕は苦労した。ただ、限られた字数で感想をまとめていくと、こうした感想が先にたってしまう。


 そして、今開催している「愛知万博」のことだ。


 「愛知万博」には、芸術家の影はほとんど見当たらない。パヴィリオンは均質的で、会場中には現代アートも数点が展示されているだけ。21世紀のこの万博に芸術家は「動員」されていない。これは、どうとらえたらいいのだろう。


語るべき未来は我々にはない


 その問いに対する答えのヒントは、実は本書の中にある。筆者は、我々はもはや未来を描けなくなってしまったのではないか、という。そして「未来」という概念は「20世紀的な思考の産物」であるというのである。以下引用。


 かつてなら、万博でしか体験することができなかった異国情緒や未来世界のたぐいが、いまでは街中はおろか、家庭のモニターのなかでも十分に体験可能となってしまったこともあるだろう。けれども、いくら科学技術が進歩しようとも、それらは個々の製品として展示されるだけで、それらのが有機的に結合した「未来」像を、人類が具体的に思い描けなくなったことは、いっそう致命的だ。ましてや、ハノーヴァー万博で露呈したこの原理的な不備を解決できないまま、日本は大阪万博から30余年をへて、ふたたび、愛知万博を開催しようとしている。にもかかわらず、なおそこであいもかわらぬ「未来」が演出されるとしたら、それはたちの悪い冗談以外のなにものでもないだろう。

 そもそも、いまとなっては「未来」という発想自体が、きわめて20世紀的な思考の産物であったというべきだろう・・・・(43ページ)


 そうした未来は、決して「バラ色の未来」だけではない。1970年ころまでは、楽観的で夢のような未来像とともに、人類滅亡に対する恐怖に基づいた未来像もあった。それは、原爆や戦争の恐怖といった実感に基づいたものだった。しかし。現代ではどうか。そうした恐怖は決して去ったわけではない。原爆は相変わらず何百回も人類を皆殺しにできるだけ蓄えられている。日本が再び戦争に巻き込まれる恐れも強い。第9条をめぐる憲法改正も着々とすすめられている。

 それなのに我々は、恐怖を語ることをしなくなった。マスコミが報道しても、世界で起こっている戦争や破滅の兆候に対し鈍い反応しか返ってこない。


そして「暗い未来」すら語られなくなった


 不景気だから、暗い世の中だから終末論が流行るのではない。オウム真理教が話題になっていたころは、そうした認識で社会をとらえることができただろう。しかし、今は違う。

 大阪万博がそうであったように「バラ色の未来」と「暗い未来」は表裏一体だ。楽天的な未来論が消えると、悲観的で暗い未来論も消えた。「未来」と「自分」との接点の「実感」を失いはじめ、人は世界のゆくえに無関心になりはじめたのだ。

 「恐怖」から目をそらすことは、「未来」から目をそらすことだ。人はよりよい未来なんぞどうでもいい。マスコミで取り上げられるのは、卑近なことばかり。たとえば、最近起こったJR福知山線脱線事故の後、事故後に「ボウリング大会をしていたJR職員」を非難することにマスコミが狂騒した。卑近なことほど声高に報道され、誰かがスケープ・ゴートにされ、構造的な問題はそのままにされる。


「リセットされることはないのではないか」という世の中に生きる


 もっとラジカルな指摘もあった。「破滅があるだけまだましではないか。今の世界はリセットされることは永遠にないのではないか」という考え方である。

 美術評論家の土屋誠一は、「美術手帖」2005年4月号の「今月の書評」において、本書を取り上げ、次のように述べる。以下引用。


 「しかし、そもそも本当に我々は生存の危機にさらされているのであろうか? 確かに我々一人一人は、戦争や汚染や破壊が絶えることのない世界において、常に危機的な状態にある。しかし、破滅の危機と常に隣り合わせにある我々が、にもかかわらず生き延びてしまっていることは、いったいどういったわけであろうか? このことは、我々が仮にそれを望んだとしても、破滅することすら不可能であるということを示してはいないか? 大阪万博においてもまた、岡本太郎が望んだ蕩尽の象徴であり、真っ先に消尽されてしかるべきであったはずの「太陽の塔」が、結果的に最もその中核としてずるずると生き延びてしまったではないか? つまり、望むと望まざるとにかかわらず、世界はリセットされ得ず、歴史は際限もなく続き、我々にとって本当の危機は、世界が明るい未来に向けて進歩することがあり得ないのと同時に、それが消滅するような危機さえも、いくら待ってもやってこないという、救いようのない認識を、「戦争」と「万博」を通じて獲得してしまったことなのではなかろうか。美術批評にできることはそう多くはないが、可能なひとつが、このような認識に抵抗するために、見ることを差し向けることであるとするならば、例えばあの塔が未だ残存していることの不条理を、できる限り正確に解読することに、その役割を差し向けなければならない(173ページ」


 確かにこれは絶望的と言わざるをえない。これでは生殺しだ。こんな世の中でいったい僕は何をすればいいのだろう。少なくとも、ボウリング大会に参加する人を非難することではあるまい。おそらく。



美術手帖 2005年 04月号

美術手帖 2005年 04月号

土屋誠一/今月の書評:「危機」の在処