町山智浩「トラウマ映画館」集英社


トラウマ映画館

トラウマ映画館


 作者の町山智浩氏は1962年生まれ。オイラは1961年生まれだから同年代。十代だった1970年代は、まだVTRが一般家庭に普及していない時代。洋画劇場は、子供が映画を知るに貴重な時間だった。映画雑誌で番組を確認し、万難を排してオイラはテレビを見た。吹き替えになっている、カットされている、それは問題ではなかった。ただ見ることが喜びだった。


 淀川長治荻昌弘や増田貴光などの映画についての口上を聞くことで、映画を理解するには、知識と教養が必要なことを自覚した。夜は淀川長治浜村淳のラジオを聞いた。幼い頃は恐怖映画で眠れなくなり、思春期になるとお色気映画を親と一緒に見てバツの悪い思いをした。大人の考えや思考もテレビで学んだ。そして、同じ番組を友人も見ていたので、ボンクラ仲間どもと語りあうこともできた。

 
 テレビも、今と比べると鷹揚だった。オッパイもあった。ホラーもあった(「悪魔のいけにえ」ですら、オイラはテレビで見た)。実験的な作品も前衛的な作品も、どうしようもない駄作もあった。混乱させられたり深く考えさせられたりした。


 そんな1970年代、町山智浩が見た、忘れられない映画について、本書は詳細に語っている。取り上げられている映画は25本。『バニー・レークは行方不明』『傷だらけのアイドル』『裸のジャングル』『肉体の悪魔』 『尼僧ヨアンナ』『不意打ち』『愛と憎しみの伝説』『悪い種子』『恐怖の足跡』『コンバット 恐怖の人間狩り』『早春』『追想』『戦慄! 昆虫パニック』『去年の夏』『不思議な世界』『マンディンゴ』『ロリ・マドンナ戦争』『ある戦慄』『わが青春のマリアンヌ』『妖精たちの森』『かもめの城』『かわいい毒草』『マドモアゼル』『質屋』『眼には眼を』『愛すれど心さびしく』


 町山智浩のセレクションは絶妙で、世間的に忘れられた映画、映画通でも見ていないだろうと思われる映画をピックアップする。オイラもタイトルは知っているが、ほとんどが未見。映画に精通している町山智浩でないと選出できないだろうセレクション。町山は読者が未見であることを前提にして、それぞれの映画について、詳細で分かりやすいあらすじと、映画の背景やトリビアを披露する。うまい語り口に、読者はノセられて、これらの映画を無性に見たくなる仕掛けである。


 町山本人のプライベートも触れられているが、それは最小限。警句や名言も最小限。だがあまた言葉を費やさずとも、町山智浩の印がくっきり感じられるし、1960〜80年頃の時代の空気が浮かび上がる。同時代を生きた感覚が共有できる。これはセレクションの力である。知識と教養に裏打ちされ、芸と言えるまでに昇華された見事な「映画紹介」である。映画批評ではない。あくまで「映画紹介」なのだ。
 そしてそれは、淀川長治など、テレビの洋画劇場の黄金時代の口上の系譜に連なっているとオイラは思う。


 WOWOWで「トラウマ映画館」で紹介された映画を放送しようという企画があると聞いた。これはいい。ぜひ実現してもらいたい企画である。