近藤史恵「サクリファイス」


サクリファイス

サクリファイス


 2008年本屋大賞2位。時期遅れのレビュウでスマソ。


 自転車のロードレースという競技は、他のスポーツと大きく違う。知らない人から見れば、理解しがたい点も多い。エースを勝たせるためにアシスト役の選手が捨て駒になるというのは、その最たる例。自転車競技は、勝たなくてもプロであることができる。


 主人公のチカはアシスト。勝つことを目標にしない。「・・・・・一着でゴールを切っても、感じるのは困惑だとか、居心地の悪さだけだった。なにひとつ、そこには自分にふさわしいものはなかった。ただ、走るだけ走って、あとは放っておいてくれれば、どんなにいいだろうかと思ったほどだった(単行本63ページ)」


まるで少女マンガの主人公のような


 勝つことは気持ちがいい。分かりやすい。だから、勝った負けたがドラマではよく描かれる。少年マンガ誌には、勝ち負けのマンガが満載である。だが、実生活では、勝敗の世界で生きるより、アシストに徹して淡々と生活している人の方が、はるかに多い。表面のきらびやかな世界に目を奪われて、我々は地味な裏方の作業の大切さに気づいていない、ロードの世界を描いたこの小説は、そんなことに気づかせてくれる。


 万人になじみのある世界ではないが、過度に説明的になることもなく、自転車のロードレースの世界を過不足なく描き出す。女性の作者らしいと思ったのは、登場人物たちの描写である。汗や疲労や筋肉を酷使しているリアリティがない。まるで少女マンガの主人公にも似て、透明感があり、繊細さが漂う。そうした描写が、ロードの特徴をある意味とらえている。競輪などと比べると、確かにロードは繊細だ。


勝利は、ひとりだけのものではない


 ミステリ的な趣向も、読者の興味をつなぐ仕掛けとして、うまく機能している。ラストで明かされる真実は、「勝利は、ひとりだけのものではない」という物語のテーマと見事に重なる。謎解きの興味やテクニックを越えて、自己犠牲という崇高な精神を高揚し、描ききっている本作を、ミステリの枠内のみで語るのはもったいない。自転車マニア向けの小説と限定するのも違う気がする。普遍的であり、多くの人に読んでもらいたい一冊である。