荒木飛呂彦「荒木飛呂彦の 奇妙なホラー論」集英社新書


荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)


 このマンガ家のことはあまり知らないのだが、タイトルの「ホラー映画論」というところに魅かれて手に取った。冒頭いきなり「「プレシャス」に恐怖しろ!」。映画「プレシャス」は、人を「怖がらせる」ために作っているという。思ってもみなかった指摘に、おおおっ!大胆!と思い読み始めた。


 「プレシャス」は、一言でいうと、悲惨な状況におかれた肥満した黒人少女が立ち直る映画。映画賞もいくつか受け、世間的には真面目な映画として認知されている。それをホラー映画だと断言するには、いろいろな意味で勇気がいる。ホラーは「差別」と親和性が高い。たとえばトビー・フーパーは「ファンハウス/惨劇の館」(1981)で現実の障害をモチーフにフリークスを創造し、差別的と世間から非難を浴びた。「プレシャス」をホラー映画である」とすると、肥満した主人公を「怪物」と見なしている、というふうにも受け取られかねない。その意味で、なかなか挑発的な書き出しだとオイラは思う。


 ところが、結構刺激的なのは「まえがき」のみで、本論に入ると、穏当で一般的なホラー映画ガイドといった内容になり、少々肩透かしだった。「プレシャス」という、見ている人も限られる作品が出だしであるから、内容ではかなりマニアックな作品をセレクトするか、もしくはマニア的視点からホラー映画を論じるのかと思いきや、作品のセレクションは有名な作品が中心で、一般向けといった趣が強い。


 それでも第1章の「ゾンビ映画」の章は、筆者の思い入れが強く、結構読ませる。反対に作品を羅列するのみでサラリと書いてあるだけの章もあり、その落差が大きい。たとえば第6章の「アニマルホラー」は、「ジョーズ」「オープン・ウォーター」「ディープ・ブルー」「リンク」「モンキー・シャイン」「アラクノフォビア」を取り上げているが、サメ、サル、クモ以外にも、もっと多くの動物ホラーはあるはずで、なんともそっけない。