樋口毅宏「ルック・バック・イン・アンガー」祥伝社


ルック・バック・イン・アンガー

ルック・バック・イン・アンガー


 樋口毅宏の問題作「ルック・バック・イン・アンガー」を読んで思い出したのは、石原慎太郎の短編小説「完全な遊戯」だった。「完全な遊戯」は、精神疾患を抱えた女性を誘拐して輪姦し、監禁し、ついには崖から突き落として殺すという男たちの物語。オイラは中学生のとき、性描写にドキドキし「こんな小説もあるんだなあ」と思いながら読んだ思い出がある。


 「完全な遊戯」に描かれているのは、倫理観が欠落し、平然と異常で享楽的な犯罪を実行していく、言わば「からっぽの」主人公たち。その欠落したエモーションをきちんと描けば「ルック・バック・イン・アンガー」になる、とオイラは勝手に連想した。帯に「この小説を石原慎太郎に捧ぐ」と書かれていたせいだろう。「完全なる遊戯」は、半世紀以上たって、「ルック・バック・イン・アンガー」として完成したのだ。


 「ルック・バック・イン・アンガー」は、矮小で、変態性欲とコンプレックスにまみれた、アダルト雑誌出版社の四人の編集者を描いている。 とくに「最終章 泥鰌の夢」は圧巻。父親に殴られ続けてきた男。放火し父を自殺に追い込んだ少年時代。就職したアダルト系出版社での異様なセックスにまみれた生活。障害を持つ同僚女性を性奴隷に調教し、暴力をふるい他の男とセックスさせ、ついには彼は精神病院に入れられ凌辱される。退院後、彼は自殺しようとして失敗し、上司を殺し、出版社に放火し、東京都庁に正面口に灯油缶を抱いた車に乗って突っ込んでいく。彼の作った雑誌は、都条例の指定を受け、休刊を強いられていたのだ・・・・。


 陰惨で異様な物語の中、作品の中にとぐろを巻いた妄執と怨念の深さを見よ。グロテスクだが、これもまた人間の一側面の真実である。人の愚かさ、人間のダメさを見事な筆致でリアルに感じさせてくれ、読後感は意外にも、とても切ない。


完全な遊戯 (新潮文庫)

完全な遊戯 (新潮文庫)