小出裕章氏講演「原子力の専門家が原子力に反対するわけ」2011.3.20(日)於アクティブやない 第5回

 こういう放射線を浴びて、大内さんと篠原さんは亡くなってしまったわけです。でも、死ななかったらいいのか。というと、そうでもありません。運よく死ななかったとしても、ま被曝量がそんなに多くなかったとしても、あとあと被害が出るということがあるわけです。


 みなさんはお気づきだと思うけれども、福島の原子力発電所の事故が起きてから、日本政府の発表、あるいはマスコミが流している発表では、ただちに影響が出る被曝ではありません。ただちに影響が出るような影響はありません、というようなことを、しばしば彼らは言っている。ただちに影響が出るというのは、急性で障害が出るという意味。死んでしまったり、髪の毛が抜けてしまったり、やけどをしたり、下痢になったり、吐き気がしたりという、そういう症状は、私たちは急性障害と呼んでいます。すぐに出てくる。そういうものがでないと彼らは言っている。


 でもそういうものがでなかったらいいのかというと、実はそうではありません。5年たって、10年たって、20年たって、あるいは50年たってガンになって死んでいくという人たちがいるということを、広島長崎の原爆被曝者の方々が教えてくれたわけです。そういうものを私たちは、晩発性の障害と呼んでいる。晩になって発生する、つまり遅くなって、あとあとになって発生する障害というものが、放射線に被曝した場合にはあるというものです。当たり前ですよね。私の体を作っている分子結合のエネルギーの、何十万倍何百万倍のエネルギーの塊が飛び込んできて、私の遺伝情報をズタズタにするわけです。たくさんズタズタにされてしまえば死んでしまう。でもちょっとだって傷がついたものは、細胞分裂してそれをまた増殖して増やしていくわけですから、まったく影響のない被曝なんてない。人体に影響のない程度の被曝なんていうのは、まったくの嘘八百。必ず被曝は影響がある。学問上は当然のことであります。


 ここに今私BEIR−?、これは「7」というギリシャ文字ですけど、ベイルと普通私たちは呼んでいます。ベイル7報告というのが2005年に出ました。米国の科学アカデミーの中に、放射線の影響を検討する委員会があって、その委員会がベイルという委員会なのですが、それが2005年に7番目の報告を出したのです。何て書いてあるかというと、こう書いてあります。「利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは低線量に至るまで直線的に存在しつづけ、しきい値はない」。しきい値というのは、これ以下なら安全だというのがしきい値です。でもそんなものはない。どんなに被曝量が少なくたって、影響はある、存在しつづける、と言っている。


 特に細胞分裂が活発な子供たち、そして胎児というような生き物は、成人に比べれば、はるかに敏感に放射線の影響を受けている。ですからただちに影響のないレベルだなんてことは、本来言うべきではないし、人体に影響のない程度の被曝だなんて、そんなことは本当は言ってはいけないんです。いったいこの国は何という国なのかと私は絶望的に思う。


 今私たちが、福島の原発の事故でむきあってる放射能の量というのはどれくらいか、ということをもう一度考えてみたいと思います。さきほどのJCOの事故、大内さんと篠原さんというふたりの労働者の方が、さっきの写真見ていただいたような、大変悲惨な死に追いやられたわけですけれども、あの事故で燃えたウランの量は1ミリグラムでした。1ミリグラムですよ。みなさん手のひらにのっけたって、決して感じることができない。そのウランが燃えたがために、ふたりは死んでしまったわけです。悲惨なことに。広島の原爆で燃えたのは800グラム。さっき聞いていただいた通り。これ(1ミリグラム)を1とすると、800グラムは80万倍。めちゃくちゃな量が広島の原爆では燃えたわけですから、広島の街が壊滅してしまうのは、わかっていただけると思います。10万人を越えるような人々が、被曝者になってしまうということも、分かっていただけると思います。


 では、100万キロワットの原子力発電所はどうかというと、一年間に1トン燃やしています。この単位に直したらどうかというと、10億。何とも言葉につくせないほどの、膨大なウランが燃えて、膨大な核分裂生成物という死の灰ができてしまって、それが原子炉のなかにどんどんどんどんたまってきている。福島の原子力発電所でも、そういう状態で事故にあったわけです。


 そういう膨大な危険を抱えているものを取り扱う、大変ですよね。私は今みなさんに大変なんだというふうに伝えているわけだし、原子力をやってきた人たち、国にしても電力会社にしても、みんなそれは知っているんです。とてつもない危険を相手にしているということは知っている。では、彼らはどういう対策を取ったのか。というと、まず、電力会社を破局的事故から免罪しました。免責しました。破局的事故とは今福島で起きているような事故であります。ですけれども、そんな事故が起きても責任を取らなくてもいいといって、免責をしました。どうやって免責するかというと、法律を作りますね。


 下に1960から2010まで並んでいる。これは西暦です。青い線と赤い線がありますが、青い線の方は米国です。赤い線の方は日本ですが、これは米国の場合は、プライス=アンダーソン法と言います。日本の場合は原子力損害賠償法といいますが、このふたつの法律は、原子力発電所破局的な事故が起きたとしても、電力会社はいくらまで賠償すればいいいかという、その限度額を定めた法律です。プライス=アンダーソン法は1957年に出来ましたし、原子力損害賠償法は1961年にできました。


 原子力損害賠償法だけ言いますと、61年にできたときには、原子力発電所でどんな事故が起きても、電力会社は50億円払えばいいと書いてある。それ以上の被害が出たら、国が国会の議決を経て面倒みると書いてある。この法律は時限立法で、10年ごとに改定されてきて、2009年に改定されて、今は1200億円になっている。まあ私たちから見たら1200億円は膨大かも知れないけれど、電力会社からみれば、1200億円で免責されるなら、まあ原子力やってもいいと。それ以上の金は国が払えよ、ということで、今日まで原子力発電というのは、やれたということです。逆に言うなら、もしどんな被害でも保障しろというままいくなら、電力会社は決して原子力発電をできなかったというわけです。こういう法律を作って、電力会社を免責することで、はじめて、東京電力も、中国電力も、原子力発電をやれるということになる。そのうえこの法律はとてつもなくよくできていまして、異常に巨大な天災地変または社会的動乱で破局的事故が引き起こされる場合には、いっさいの責任を取らなくていいというふうに書いてある。今度の福島の事故、異常に巨大な地震でした。異常に巨大な津波でした。そういう場合は電力会社は何にも責任を問われないと書いてある。

 今日私は新幹線で徳山まで来ましたけれども、その間に車両の中ででテロップが流れるんですね。それは被災者のために住宅を作る。それは国費で作ると書いてある。ですね。私たちの税金ですよ。いったい東京電力の責任で動かした原子力発電所で事故が起こしたのに、何で私たちの税金を使うのか。そのことすら私には不思議です。もちろんやらなきゃいけないんですよ。もちろん被災者を救わなければならないんですけれども、本当に責任があるのは、東京電力のはずだと私は思いますけれども、国の税金でやるという。


 はじめから免責。つまり地震が起きて原子力発電所破局的事故を起こしたとしても、電力会社は責任をとわれないという。こういう法律の下で、日本の原子力というものは発展してきた。