戦火の馬


 
 スピルバーグ最新作。第一次大戦に徴発された馬の数奇な運命と、飼主との戦場での再会の物語。古典的でオーソドックスなドラマに節度ある古典的表現で、スピルバーグらしくソツなくまとめた印象。「ジュラシック・パーク」や「プライベート・ライアン」などに見られた先鋭的な表現は見られない。例えば、前半の話の中心である、イギリスの片田舎の、絵に描いたような肝っ玉かあちゃんとダメ頑固親父、純情青年の家族は、どこかで何度も見た「映画の中の」類型的な家族の原風景の再現である。


 この映画、イギリス人だけでなく、ドイツ人もフランス人も英語を話す。このあたりは英語圏の映画のお約束とは言え、リアリティを重視する作品ならば、英語・フランス語・ドイツ語をきちんと話しただろう。よく言えばおおらかな作りと言えるが、英語圏以外の観客から見れば違和感が残る。


 また、前半のイギリスの風景は、半世紀ほど前のカラー映画のようなハイコントラストの色彩設計で、映画的ノスタルジーを想起させる。ラストの朝焼けは「風と共に去りぬ」かと思えるような、つぶれた深い黒と赤の対比が印象的。戦場の描写は、鬱々とした灰色の世界だが、コントラストは抑えめで、精細なデティール。このあたりは現代の映画である。
 

 舞台は第一次世界大戦塹壕戦の様子が詳細に描かれている。毒ガスや戦車などの新兵器が登場したり、大砲の音を聞いておびえる兵士の抑圧された状況も描かれている。ただ定番っぽい描写なので、少々食い足りない。もとは舞台の映画化。馬と主人公の青年が、別々に戦争を経験することで、再会したときに馬と人間が共感しあえる巧みなドラマ構造は、舞台の脚本のしかけだろう。ドイツ兵とイギリス兵が戦闘の合間に、塹壕を出て、協力して馬を助けようとする場面はいい場面だと思う。
 舞台では馬をはじめ、戦争の場面がどんなふうに表現されていたのか気になる。


 最後に、この作品、もちろんスピルバーグの最高傑作ではない。しかし飽きさせず高水準の作品をヒョイと手堅く作ってしまうスピルバーグの手腕にはうならされる。そういう意味で、スピルバーグこそ世界一の監督だな、と思った次第。