大泉一貫「日本農業の底力−TPPと震災を乗り越える!」洋泉社


日本農業の底力 ?TPPと震災を乗り越える! (新書y)

日本農業の底力 ?TPPと震災を乗り越える! (新書y)


 帯には「競争力のある農業で世界にうって出よ!」とある。たいへん威勢がいい。本書の内容を一言でいうと、筆者の日本農業の競争力強化に対する提言をまとめたものである。新自由主義的色彩が強いのが特徴だ。


 本書の略歴を見ると、筆者は政府の「食と農林漁業の再生実現会議」の構成員。この会議については、オイラはまったく知らなかったので、インターネットでせっせと調べてみた。すると、平成22年11月30日付の「食と農林漁業の再生実現推進本部」の名前で、この会議の開催を示した文書を見つけた(「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針」18ページ)。そこには、この会議の設置の目的についてこうある。「高いレベルの経済連携の推進と我が国の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興を両立させるため…」。「高いレベルの経済連携の推進」? 政府の書くことはわかりにくい。要するに、TPP推進のことだ。


 この会議は、我が国が「TPPに参加することを前提にして」、強い農業を作り出すために何をするべきか話し合う会議である。
 TPPについて納得がいかないオイラにしてみれば、日本の食と農林漁業の再生を真剣に考えるなら、あらゆる前提を取り払って考えることが必要なのではないかと強く思う。TPPに参加した方が日本の農業にとってプラスになるのなら参加するべきだし、そうでないのなら不参加という選択肢があってもよい。しかし政策決定につながるこの重要な会議には、最初から「不参加」という選択肢はないようだ。


 毎日新聞の記事によると「(TPP推進を)見送れば外務、経済産業両省は農業再生に非協力」な姿勢になると政府の内部文書は言っているとのこと。http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-b53e.html農林水産省も、仕方なくこの前提で議論を進めているのだろう。


 筆者は、そうした会議の構成員であるから、想像通り、本書は「農業再生=TPP参加が前提」という色彩が濃い。本書にTPP推進の記述が多いのも、政府の意図を汲んでいると言えるだろう。
 オイラは柔軟に物事の是非を考えたい。TPP推進の立場でも、説得力のある意見には、素直に耳を傾けたいと思う。しかし、本書は論の進め方が少々粗雑で、TPPに慎重論を取る人々を宗旨変えする説得力には欠けると思う。


 たとえば、99ページからの「日本はいつもアメリカの言いなりになる。この辺が少々怪しいのでTPPには反対だ」という意見に対する反論は、抽象的でピンとこない。とくに、官僚・政治家の中に対米従属指向が強く、米国の利益を優先する傾向が強いことに対する懸念への答えはない。また、209ページの、米国のトモダチ作戦礼讚も、とってつけたような内容で、TPP推進のためにアメリカの印象をよくしようという作為を感じてしまう。
 また、引用資料の出典が書かれていないのも気になる。とくに110ページの図4−4の「各国の生産性」(「生産性」とは、土地生産性のことだろう)の表は、日本とドイツ・イタリア・韓国・イギリスとの比較だが、なぜその4カ国と比較することで、世界水準との比較になるのか、オイラにはよくわからない。
 全体を通して、もう少し具体的で啓発的に書いてくれた方が、オイラには分かりやすかった。


 いろいろ指摘したが、強い農業の必要性と経営・流通の強化という点では、共感する箇所も多い。前作「日本農業は成長産業に変えられる」の方を読めばよかったかも知れない。農業のあり方は、この国の根幹に関わることだとオイラは思う。政府主導・農業関係者だけの議論で終わらせるのではなく、すべてのこの国の人々が考えなければならないのではないか。