桜井章一・中谷彰宏「なぜあの人は強いのか」東洋経済新報社


なぜあの人は強いのか

なぜあの人は強いのか


 最近の桜井章一本の出版ペースは驚異的だ。新しい本も何冊か読んだが、あえて少し古いこの本を取り上げる。2002年初版。


 桜井章一は、麻雀の裏プロの世界で「代打ち」として超絶的な強さを誇り、「20年負けなし」という伝説を築いた人物。「雀鬼」という異名を取る。麻雀を通して人間力を鍛えることを目的とした「雀鬼会」という塾を主宰していることでも知られる。


 写真を見ると、桜井氏は、ダンディでいい感じで力の抜けた、不良の面影のある眼光鋭い男であることが分かる。内面の魅力的な男は、佇まいに魅力がある。四十歳を過ぎれば男は自分の顔に責任を持たなければならない。どうすればこんな魅力的な佇まいを身につけることができるのだろうか。有名人の人生哲学の本などはほとんど読まないオイラだけれども、桜井章一に関しては不思議とひきつけられる。


 この本は、桜井氏に、中谷彰宏がインタビュウするという体裁をとっている。桜井氏の人生哲学が、中谷氏のフィルターを通して伝えられる。いわば伝導者を介して桜井章一の神髄に触れる。中谷彰宏の解釈が付与されて、桜井章一の人生哲学がさらに豊かになる。


 中谷氏は「自分は麻雀を知らない」と言う。オイラも麻雀をほとんどやらない。だが何かの道を極めた人は、普遍的な人生に対する見方を持っている。共感できる点がきっとある。そう思い本書をひもといた。



 「勝負事は間合いです」と桜井は言う。「武道も、全部間合いで闘います。間合いからはずれれば勝負にならない。武道でも、間合いの中で、どう自分の姿をとっていくかです。間合いを外れたら、負けです」


 「間合いを外れる」というのは「バランスを崩す」ということである。彼はバランスを大事にする。バランスを崩したら、すぐに復帰する。失敗しても、ダメなことをやっても、すぐに修正し調整することが大切だと彼は言う。しかしこれは凡人には難しい。失敗するとショックを受ける。すぐに修正がきかない。うまく行ったときもリズムが崩れる。スキが生まれる。


 好きなものから、自分の心の状態を教えてもらうことができる、と言う。たとえば、悲しいとき、どれくらい悲しいかは、自分ではわからない。そんなとき、桜井はパイに触れるという。「この悲しみはどれくらいのものなのだろうと思ってパイに触れると、その度合いをあらわしてくれる」と言うのだ。芸術家は自分の作品を見ながら自分の気持ちの鏡にする。宮本武蔵は、仏像をほりながら、仏像をじっと見る。基本動作を大切にせよ、というわけである。


 「情報ほど、人を惑わせるものはないです」と彼は言う。「情報を見るのではなくて、間合いから起こってくる空気をはかるのです。空気を感じながら、その場を読んでいくのです」
 間合いをはかるためには、力を抜かなければならない。桜井は、ありのままに麻雀を打つ。これをつきつめると、自分の手を隠そうとしなくてもいい、と彼は言う。「麻雀はわかっていいじゃないかということでやるのです。分からないように打とうとするから、そこでもう負けてしまう。自分の手が、相手に読まれるということは、正しいことをやっているからです」


 余裕がある人は、自分の手を見せられる。そのためには、見せても恥ずかしくないやり方をしなければならない。駆け引きしない。悪事を考えない。競争しない。かたよらない。バランスを大切にする、それが大切。


 本書で触れられている桜井氏の考えのほんの一部を、オイラなりに解釈して要約してみた。何事にも突出して秀でた人の考えには、共通する部分がある。オイラは深く考えさせられる。勝負事だけでなく、生きるために必要なことが、凝縮して詰まっている一冊。