磯田道史「武士の家計簿−「加賀藩御算用者」の幕末維新」


武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)


 今さら取り上げるのもどうかと思うが、オイラにとっては未読だったので感想を記しておきたい。


 ベストセラーになり、映画にもなった、新書で読める日本史物の名著である。本書は、金沢藩の会計担当者のひとりだった猪山家の古文書(入払帳など)を発見した筆者が、古文書を丁寧に読み解き、幕末の武士の生活をリアルに一般読者の前に示した。本書は、古文書研究の面白さを一般向けに伝える入門書であるとともに、具体的で詳密、興味をそそる描写は、武士に対する読者の固定観念を一新し、歴史への興味を昂進する。一言でいうと、この本、面白いのである。


 江戸時代の武士は、親類縁者との交際(儀式)のせいで、家計が圧迫され、負担が家計にのしかかってきていた、という点。おかげで猪山家は、天保年間に、非常にシビアな借金整理をおこなう羽目になった。ほとんどの所持品を売り払わなけば、借金を返すことができなかったのである。そうした破滅ギリギリのところから、ソロバンの腕と実務能力で、下級武士から180石取りの上士にまで出世し、明治になってからは、新政府の会計担当官僚として海軍で重責を任された猪山家の人々の実像を、本書は克明に綴っている。


 江戸時代から明治時代にかけての激動の時代、社会の変化とそれに伴う武士の没落とサバイバルの様子を、生き生きと描いてわかりやすく格調高い。「武士の家計簿」は映画もあったが、新書で読んだ方が、よりリアルに江戸後期から幕末、明治維新にかけての時代を理解することができる。


武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]

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 武士階級の人々の姿を活写した原作の雰囲気を、残念ながら映画は伝えきれていない。「家族の情愛」を原作から特段に抽出し、再構成された映画化である。「家族の情愛」が悪いわけでは決してないが、「武士の家計簿」という本で書かれている内容と比較するといかにも「薄い」し、情愛の描き方も、既視感のあるもの。この映画で描かなければならなかったものは他にあったと思う。結果的にヒットしたが、企画の段階で少々無理があるのではないか。



 監督の森田芳光は、せっかくおかしみのあるセリフを役者に語らせているのに、臆面もなく感動を強要するような音楽をかぶせて空虚に盛り上げるサマは、皮肉をこめて言えば、職人気質監督の森田芳光の面目躍如と言えよう。



 絵に描かれた鯛を持って一族が移動する横移動するシーンを筆頭に、ソロバンをイメージする横移動のカメラワークなど、森田芳光らしさが散見される。もちろん森田の映画だからオイラの期待値は高いので、採点は辛めなのであるが。