考えることが大切なんだ
以下、勤務校の人権新聞に書いた記事。高校生向けに表現が平易になっているが、言いたいことはいささかも妥協していないつもりである。
みんなに考えてほしいこと
「人権問題は、単に心がけの問題ではない。社会と人間が、どうつながるべきなのか、深く考える営みなんだ」
スローガンだけじゃダメなんだ
県庁や公民館の玄関などで、人権についての看板やポスターを見る。「差別をなくそう」などと書いてあるアレだ。だが、それを見て「ああ、差別はいけないんだ」と新鮮に心を動かせる人は少数だろう。「差別はいけない」に決まっているからだ。そんなこと、いまさら言われなくてもわかっている、と思ったり、何も考えないまま、無視して通り過ぎる人の方が圧倒的に多いだろう。
だけど、本当は何もわかっちゃいないんだ。いじめはなくなってないし、差別は続いている。海の向こうでは、戦争も続いている。自分には関係ない、なんて思ってると、いつの間にか、君たちの身近なところまで、忍び寄ってくるんだ。
差別をなくすためには
どうしたらいいんだろう。どうすれば差別や戦争はなくなるんだろう。
そんなこと、できるわけないって? 高校生には、そんなことわからないって?
確かにそうだ。これは難しい問いかけだ。それに重い。そもそも、答えが分かってるくらいだったら、問題はとっくに解決してる。
でも、難しいから重いからといって、考えることを投げ出したり、みんなが無関心でいたりすると、差別や人権侵害が、じょじょに社会にはびこってしまうんだ。
とくに社会不安が強いときは要注意だ。メディアなどの報道で、さらに不安が高まると、多くの人たちの考えが単純化・統一化される。みんな批判力や判断力をどこかに置き忘れてしまう。こういうときの、メディアの力は、とても大きい。場合によったら、間違った方向へ、社会が暴走してしまうことすらあるんだ。
最悪の例は戦争だ
ナチスドイツの最高幹部だったヘルマン・ゲーリングという人が、こんなことを言っている。「戦争を起こすのは難しくありません。国民にむかって、我々は今、攻撃されているのだと危機をあおり、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればいいのです」
ナチスドイツは、第2次世界大戦中に、何と六〇〇万人のユダヤ人を虐殺した。そして、ドイツ国民は、そんなナチスを熱狂的に支持したんだ。
また、その時の、ドイツの指導者だった男、ヒトラーは、次のように語ったとされている。
「青少年に、判断力や批判力を与える必要はない。彼らには、自動車、オートバイ、美しいスター、刺激的な音楽、流行の服、そして仲間に対する競争意識だけを与えてやればよい。青少年から思考力を奪い、指導者の命令に対する服従心のみを植えつけるべきだ。国家や社会、指導者を批判するものに対して、動物的な憎悪を抱かせるようにせよ。少数派や異端者は悪だと思いこませよ。みんな同じことを考えるようにせよ。みんなと同じように考えないものは、国家の敵だと思いこませるのだ」
考えることが大切なんだ
そこまでの例でないにしろ、現代の日本にも、よく似たことはたくさんある。いじめだってそうだ。声の大きい人に影響されて、○○が悪い、という意識に多数が安易に同調して、いじめは駄目だと言えなくなったときに、エスカレートして、とりかえしのつかないことになってしまうんだ。
そうならないためには、どうすればいい?
差別や人権の問題について考えることは、難しいけれど、少なくとも、ひとりひとりが、自分のアタマを使って考えないと、ダメだ。何が正しいのか、考え続けることこそ、実は一番大切なんだ。
そして「差別をなくそう」「かわいそう」「すごい」「いいと思う」などの一言で終わらせずに、自分の考えを、自分のコトバで語ることが大切だ。借り物のスローガンじゃ駄目なんだ。
世の中は、一言ふたことで片付られるほど単純じゃない。多面的で複雑だ。だから、コトバも、たくさん必要だ。世の中を、もっと深くとらえよう、もっと深く考えよう。そうすることが、差別や戦争をなくすことの地道な第一歩なんだ。
僕は、考えを深めるための題材を、みんなに提供しようと思う。そして、もっと具体的に考えてみたいと思う。
考えることが大切だと思うから、僕はこの文章を書いた。単純な言葉では、微妙なニュアンスが表現できないと思ったから、とてもたくさんの時間をかけた。どうか、この文章の意味するところを、じっくりと噛みしめて、考えてほしいと思う。
(ナチス・ドイツのくだりは森達也「世界を信じるためのメソッド―ぼくらの時代のメディア・リテラシー 」(よりみちパン!セ)から引用しました)
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