平田オリザ「幕が上がる」講談社


幕が上がる

幕が上がる


 秋は高校演劇のシーズン。この週末も各地でコンクールが行われている(オイラの県でもそうだ)。この時期にジャストタイミングで、注目すべき新刊が出た。それが「幕が上がる」である。


 一言で言えば、高校演劇を舞台にした青春小説である。昨年までは地区大会どまりだった弱小演劇部が、演劇に詳しい新任教師などに影響を受けながら、地区大会、県大会とコマを進めていく。


 普通の高校生の等身大を描いてリアリティがある。主人公には、特別な背景や設定があるわけではないから、演劇に本気で取り組んでいる高校生なら、主人公にたやすく感情移入できるだろう。オイラも演劇部のメンバーに推薦してみた。「描かれているのは、あなた自身だよ」と。


 そういえば、高校演劇の世界をきちんと描いた小説は、今までになかった。そうした意味で画期的である。平田オリザはプロの方だが、高校演劇の描写も自然。しいて気になった点を挙げれば、3年生が秋の大会まで、部の中心にいること(進学校なら普通はそれまでに引退だ)。


 あと、この小説の中では、コンクールで「勝つ」ことを意識している人が多い。これはどうなんだろう。オイラは勝つための戦略などということを生徒に指導したことはないし、そもそも、そんな方法は分からない。


 平田オリザの筆致は、さすがに巧み。「担任の先生は、とりあえず早く志望校を決めて受験の対策を考えないと、時間を無駄にするという。勉強をしていて、時間を無駄にするってどういうこと。まぁ、決められない私が悪いんだけど(68ページ)」こういうセリフをさらりと書く。


 また、平田オリザは演出家だから、演劇をめぐる状況や、芝居の出来るプロセスを描くことはお手のもの。高校演劇の大会やワークショップの様子なども、いかにもありそうな様子をうまくとらえている。また、作品作りの過程は、当たり前だがとてもリアリティがある。ラスト近くの主人公のさおりの心によぎる次のような思いが、オイラにはとても印象的だった。


 「「あ」と声を出したのは、大切なことに気がついたからだ。
 自分で構成し、自分で大部分の台詞を書いて、そして自分で演出をしてきた舞台なのに、いま、私は、この作品が何を描こうとしていたのかが、やっと分かった(291ページ)」


 こうした述懐は、演劇にきちんと向かい合ったことのない作家には書けないとオイラには思う。ホンモノの素晴らしさ、そして細部まで配慮の行き届いた、演劇愛にあふれた一冊。演劇部の運営や作品作りのヒントにもなるかも知れない。


 あと、主人公のさおりが、台本を深めていく契機となる、国語の滝田という老先生の存在も印象的である。この先生は、3年に受験テクニックなど微塵も教えない。詩を詠んだりする。ドラマの後景に描かれた、とるに足らない人物とみせかけて、重要な秘法を主人公に伝授する、いわばユングの老賢者としてうまく機能している。