「フューリー」と「街場の戦争論」



 (ラストに言及しています)
 第2次大戦末期の米シャーマン戦車と搭乗員の奮闘を描くB・ピット主演「フューリー」について書く。死の恐怖や不条理さをグロテスクに描いた優れた反戦映画だと思う。ただ不可解だったのは、終盤、圧倒的多数の独軍を前にして、逃げられるにもかかわらずあえて戦うことだ。不利な状況を前にして、主人公たちはなぜ戦うのだろう、たんに無謀なだけではないのか。実際に一人を残して皆死んでしまうし。それが喉にひっかかった小骨のように、観賞後もしばらく疑問として残ったのだった。


 ところが内田樹「街場の戦争論」を読んだことがきっかけになって腑に落ちた気になった。こんな一節があったのだ。
 「戦争経験者が作った映画は「非常時対応能力の高い人間は危地を逃れることができる」という逸話がしばしば鮮やかに描かれている」のに対し「戦争体験の無い人が撮った戦争映画では「みんな同じくらいの確率で死ぬ」という虚無的な気分が横溢している」


 内田樹が前者の例として挙げているのが、岡本喜八「独立愚連隊」である。岡本は松戸の陸軍工兵学校に入隊後、豊橋第一陸軍予備士官学校終戦を迎えたバリバリの戦中派。だから「多少の誇張はあるにせよ「軍隊経験者でなければわからない」細部がきちんと描きこまれている。一方「フューリー」の監督・脚本を担当したデヴィッド・エアー(1968〜)も17歳でアメリカ海軍の潜水艦乗組員として軍隊勤務経験がある。


 戦車隊長(ブラッド・ピット)は北アフリカ戦役からの歴戦の勇者。弾が飛んで来た時に「こっちにいたらやられる。俺についてこい」と言える人間。「どのようなカオス的状況のうちにも一筋の条理が通っていて、それをたどれば生き残れると信じる才能」を彼は持っているからこそ、周りの人間は魅入られたようにブラッド・ピットと行動をともにする。死は戦場に充満しているから、ここで逃げたとしても、いつ死ぬことになってもおかしくない。だったら隊長と一緒に残る。その方が「死ににくい」とまあこんな感じなのではないかと思う。


 ただ最後の最後まで理屈では説明つかないなあと思うのは戦車隊長じしんである。どうして死を覚悟して他の「仲間」を道連れにするリスクを冒してまで、300人の士気の高い独軍との闘いをはじめようと言いだすのか。そこはもう理性ではなくて、死の衝動である「タナトス」に魅入られたとしかオイラには説明できない。本作のクライマックスは、そんなタナトスに彩られた壮絶な戦闘シーンが描かれている。結果、勇士の死とともに、その精神を受け継ぐ一番若い兵士が生き残るのは、こうした戦争映画の定番のパターン通りであった。


街場の戦争論 (シリーズ 22世紀を生きる)

街場の戦争論 (シリーズ 22世紀を生きる)


 内田樹は、別の著作(「修業論」など)でも、非常時の身体運用についての鋭い分析を著している。自ら合気道の道場を主宰しているがゆえの「非常時の思考」は、平時に生きる我々に気付きを与えてくれる。とくに下の言葉は、今の高校生に見られる傾向で、ナルホドと思う。とくにオイラの勤務校には、大変よくあてはまるなあと感心した。


 「「平時的思考」をする人は、「どうしていいかわかるときには、正解を選ぶ。どうしていいか正解がわからないときには、何もしない」という原則に従います。とりわけ受験秀才たちは誤答を病的に恐れるので、「どうしていいか正解がわからないときには、何もしない」というルールが身体深く内面化している」