原英史「規制を変えれば電気も足りる−日本をダメにする役所の「バカなルール」総覧−」小学館新書


「規制」を変えれば電気も足りる (小学館101新書)

「規制」を変えれば電気も足りる (小学館101新書)


 作者は「官僚のレトリック」の著者で、元経産業省の官僚。渡辺喜美のもと、古賀茂明らとともに2007年から行政改革担当大臣の補佐官を務めた。退官後、「政策工房」という政策コンサルティング業を営んでいる。


 内容は、昨年からの「SAPIO」の好評連載を、加筆・再構成したもの。社会のいたるところにはりめぐらされている「オバカ規制」を俎上にあげ、不合理なことに陥っているサマを、読者が興味を持ちやすいように、親しみの持てる軽妙な筆致で書いている。社会的にも重要な問題にも多く切り込んでおり、タッチは軽いが、結構重要な問題提起だと思う。とても面白い。


なぜ学校の階段には必ず「踊り場」があるのか?


 たとえば、学校の階段には必ず踊り場があるが、これは2つの規制から設置されているという。ひとつは、学校など公共施設においては「高さ3メートルを越える階段には、必ず踊り場を作らねばならない」(建築基準法施行令24条)という規制。もうひとつは「教室の天井は必ず3m以上にする」という規制(現在は撤廃)。「天井が高さ3m以上なら、自動的に階段の高さは3mを超える。二つの規制の“合わせ技”で、「学校の階段=踊り場がある」となっていたわけだ」(19ページ)


 長い階段には、転落防止などもあって踊り場が設置されるのは納得できるが、なぜ学校の天井が3m以上と決まっているのか。規制のルーツをたどっていくと、明治15年に定められた文部省示諭という文書によって天井は一丈(3.03m)以上と定めてある記述にたどり着く。当時は、冬に教室で石炭ストーブを焚くことが一般的だった。空気の循環をよくして、一酸化炭素中毒を防ぐことが必要だったのだ。21世紀の今日、石炭ストーブが使われなくなっても、規制だけは100年以上生き残った。2004年に、埼玉県草加市が、コスト削減のため「3m規制」を緩和してほしいと国に求めたが、国土交通省はこの要求を門前払いにしたという(現在は撤廃)。


 このように、「昔作った古い規制をそのまま残していて、今の実態に合わなくなっている」例もあれば、「現場の事情を知らないお役人たちが、変な規制を作ってしまった」りする例もある。もっとたちの悪いのは、「天下りした役人OBたちを養うために、無用な規制をつくった」り、「既得権益を持つ人たちとお役所がつるんで、新規参入者を排除したり」する例もある。


 「なぜ運転免許は5年で更新しなければならないのか?」なんてのは、まさに後者の「たちの悪い」例だ。知っての通り、運転免許更新制度の裏側には、交通安全協会の存在がある。ここは警察OBを大量に抱える天下り組織。免許更新の際に配られる「交通の教則」の冊子は、年間1400万部(!)発行の隠れたベストセラーという。これを独占的に取り扱ってきたのが「全日本交通安全協会」で、年間37億円の事業収入のうち、32億円は講習用教本の収入という。もし運転免許が10年更新や終身免許になったら、天下り官僚の食いぶちが減ってしまうというわけだ。


 その他、次のような「オバカ規制」がとりあげられている。「オバカ規制」は星の数ほどあり、網羅することなどできない。


 理髪店がどこも「月曜定休」の理由
 なぜ日本のビールをアメリカで買ったほうが安いのか?
 なぜ日本の電気料金はアメリカの2倍なのか?
 なぜケイン・コスギは、ピンチの後にリポビタンDを飲むのか?
 ラブホテルとビジネスホテルの境界線はどこにあるのか?
 なぜ風邪薬はコンビニで買えないのか?
 投票日前に有名政治家とのツーショットポスターが増える理由
 なぜ派遣社員が「電話に出るな」と指示されているのか?
 なぜスーパーの売り場のキュウリは「真っすぐ」なのか?
 ・・・・・・


 本書は、我々が規制を疑ってかかるための入門書である。「メルマガシステム「まぐまぐ」の開発者として知られ、今はインターネットニュースサイト「ガジェット通信」を運営し、最近は自ら国会議員への取材活動も始めた深水英一郎さんは、「国会議員にものを言うなんて、最初は大変なことかと思ったが、やってみれば誰でもできます。声をあげることが大事です」という」(190ページ)我々が声をあげるための一助になることは確かである。


 筆者が指摘しているように、自民党時代の公務員制度改革は、ちらつかせることによって官僚組織に揺さぶりをかけ、ひっこめることによって政治家が官僚に恩を売りながら、政策を実現するための手段として機能していた。民主党の現政権の政治家よりも、ある意味したたかだったのかも知れない。安倍・福田政権での公務員制度改革は、こちらの本が詳しい。


官僚のレトリック―霞が関改革はなぜ迷走するのか

官僚のレトリック―霞が関改革はなぜ迷走するのか


 「規制を変えれば電気も足りる」は、語り口もわかりやすく親しみが持て、読みやすい。読みやすい本だから内容が薄いということはまったくない。また「官僚のレトリック」も力作である。


追記:「本のキュレーター ブログ」の中で、y-suke0419さんが次のように述べている。


 「本書を読んで「日本の役人・政治家はケシカランな」という感想を抱くだけではもったいなさ過ぎる。これら「おバカ規制」の裏には未開拓のマーケットが眠っており、「おバカ規制」を規制緩和させる事ができれば、誰でも億万長者になれる可能性があるのだ。第二の孫正義三木谷浩史は、この本を読んだ人から出てくるだろう」http://d.hatena.ne.jp/y-suke0419/20110814


 規制緩和はビジネスにつながる。「誰でも億万長者になれる可能性がある」とは威勢がいい。具体的なビジネスアイデアを、オイラもいろいろと考えてみよう。