菅沼光弘「この国の不都合な真実−日本はなぜここまで劣化したのか?」その2徳間書店


この国の不都合な真実―日本はなぜここまで劣化したのか?

この国の不都合な真実―日本はなぜここまで劣化したのか?


 本書を手に取るきっかけは、天木直人3月26日付のブログで「国民必読の書」と持ち上げていたことだった。本書の著者である菅沼は保守・改憲論者。九条堅持・リベラルの天木とは政治的スタンスが大きく違う。共通しているのは、対米従属反対という部分。他のイデオロギーの違いを越えて、本書を薦める天木直人の器の大きさをオイラはつくづく感じたのだった。


 菅沼光宏は、元公安調査庁部長で、旧ソ連北朝鮮、中国などの情報収集活動に従事していた人物。TPPをアメリカの対日戦略の総仕上げとみなし、日本を骨抜きにする対日戦略がどのようにおし進められてきたのかを具体的に指摘した書である。元公安調査庁という高級官僚の立場でないと知り得ることのできない特別な情報が得られるのではと、期待をもって読み始めたが、ハードルをあげた分、正直期待はずれな部分もいくつか見られた。


 内容的な不満は、既知の内容が多いことである。放談風にまとめられているので、どこからが筆者のオリジナルな論考なのかが分からない。またこの本だけに限らない問題なので、この本だけに関する不満というのではないのだが、言葉の使い方、言い回しが型に入って粗雑なところがあり気になった。


 菅沼氏の論調は、保守的で国民国家の枠を強く感じさせる。「アメリカが」「アメリカが」と、彼はアメリカを主語にして語る。だがアメリカにもいろいろな考え方や利益を異にする人々がいる。対日政策といえども、人が代わり時代が変わり、ましてや政党や分野が変われば、対応は微妙にちがう。それがリアリティだ。「アメリカ政府が」「アメリ国務省が」「オバマ政権が」「オバマ氏が」「CIAが」では、それぞれニュアンスが違う。たとえば田中宇氏などなら、そのあたりはもう少し繊細に書き分ける。


 また菅沼は、「日本人の精神構造や社会構造が劣化した最大の原因は教育にある」と書く。教育のせいで日本人の精神構造や社会構造が劣化したという論理は、教育の力を少々買いかぶりすぎではないかとオイラは思う。アメリカ的な価値観が浸透するにあたっては、マスコミの力も強く関与しただろうし、もちろん政治の力の関与がもっとも強かった。教育だけが日本を振り回すことなどできない。


 さらに菅沼は、教育の基本を「自分の生まれた国に誇りを持つ若者を育てていくこと」と定義する。教育が国民国家の要請から生まれたものであるにせよ、教育の目的を近代国民国家というせまい枠組みのみに押し込めてしまうことは、近視眼的にすぎるのではないかと思う。人々の活動や思考は国民国家の枠内で完結するわけではない。日本に住む人々の実相は、日本という「国家」の概念だけでは回収しきれないと思う。日本に住む人々は、日本人だけではない。日本国籍を持っていても、「民族」としての日本人とは限らない。また、オイラ自身は、日本国民であると同時に、世界市民であり、「人類」である。


 我々がアイデンティティを問うとき、我々は多面的な存在であることに気づかされる。世界において、アメリカのみがスタンダードになってしまってはいけないように、日本においては「日本」という「国家意志」のみがスタンダードになってはいけないとオイラは思う。