山口義正「サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件」講談社


サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件

サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件


 2011年、フリージャーナリストの山口義正が、オリンパス事件の詳細の一部始終をまとめたノンフィクション。フリージャーナリストの「私」は、情報提供者の話から、公開されているオリンパスの財務諸表の分析を丹念に行うことをきっかけに、小会社買収に伴う不正な会計処理を暴き出す。その影には、オリンパスの当時のトップである菊川剛会長が中心となり、バブル崩壊時に出した多額の損失の穴埋めをしようと、10年以上の長期にわたる1000億以上の飛ばしと粉飾決算が隠されていた。これがいわゆる「オリンパス事件」である。


 ほんのわずかなきっかけから、事件の全貌が徐々に明らかになってくる過程は、事実ならではの息を呑む面白さ。財務分析の詳細については専門的な会計の知識があった方がより興味深く読むことができるだろうが、知識がなくても行われていることは理解できる。冷静な行間から、「私」の「ジャーナリストとしての興奮」がにじみ出し、読む側もわくわくさせられる。事件はかなり大規模で複雑なため、記述が少々駆け足気味になっている箇所が少々気になるが、瑕疵だろう。


 本書にも書かれているように、オリンパス事件にともなう問題は数多い。「コーポーレート・ガバナンス(企業統治)や情報開示の問題だけでなく、日本の経済社会が水面下でいかがわしい金融のプロの存在を許してしまっている点、会計問題や監査法人の能力とそのあり方、営業ツールに堕したアナリストレポートの問題、マスメディアのチェック機能喪失、企業の内部通報制度の不備、株式持ち合いの悪弊・・・・など、数えあげればきりがない(209ページ)」いやはや、現実はオイラが考える以上に複雑で多面的だ。


 それにしても、山口の記事が掲載された月刊情報誌「FACTA」2012年8月号が発売され、その事件を解明しようとしたイギリス人社長のマイケル・ウッドフォードが取締役会で電撃解任された後も、オリンパス側の言い分を垂れ流した日本のマスメディアの感覚の鈍さには憤りを覚える。企業の利益を優先的に考えるあまり、重大な不正を結果的に見逃してしまっているのである。このあたりのことについては、先にレビュウしたマーティン・ファクラー「本当のことを伝えない日本の新聞」の中でも触れられている。


 だが、本書を読むと、人間の良心を信じてみたくなる。我々は「個人の力なんでたかが知れている」と考えがちだ。組織の不正を前に「誰もがやっている」「逆らってもロクなことにならない」と、上司の圧力に屈して不正に手を染めてしまう者も多いかも知れない。だが、オリンパス事件の情報提供者たちはそうしなかった。自分の会社を「何とかしないといけない」「正しいことが通る会社にしなければ」という思いで、損得勘定抜きで取材に協力した。また記事を読んだ別の個人が共鳴し、さらに情報提供者となることで、事件の全貌が明らかになった。


 本書のタイトルは、オリンパスの当時の社長であるマイケル・ウッドフォードの言葉である「どうして日本人はサムライとイディオット(愚か者)がこうも極端に分かれてしまうのか」からとられている。「身の危険を顧みずに不正を追及しようとするサムライもいれば、遵法精神に欠け不正を働いたり、何の疑問も持たずにこれを幇助したりするイディオットもいる(201ページ)」本書を読んでの最大の「教訓」は、もし我々がそうした不正を知る立場になったとき、イディオットになるのか、正義をなすために行動するのかということだ。そのことを突きつけられた気がした。オイラはもちろん、後者の側に立つ。


解任

解任


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 ■[本/文学]マーティン・ファクラー「本当のことを伝えない日本の新聞」双葉新書
 http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20121026/1351292654