在特会がやったのではない。行政がやったのだ。


<はだしのゲン>松江市教委、貸し出し禁止要請「描写過激」
毎日新聞 8月16日(金)19時22分配信


 松江市教育委員会が、「はだしのゲン」を「描写が過激だ」として、昨年12月、市内の全小中学校に閉架措置と児童生徒への貸し出し禁止を要請し、それに対して全校が応じていたというニュースに目が止まる。


 昨年12月の話題が、なぜ今さら? 終戦の日前後だからということで、無理やり話題にされている類のニュースに乗るのは本来なら気が進まないが、表現の自由の侵害に対しコメントしないと、オイラの気持ちがおさまらない。


 まず基本認識を少々。閉架・貸出禁止のきっかけは、昨年8月の市議会への市民の陳情。陳情した人物について、毎日新聞は「市民の一部」としているが、実は過激な街宣活動を行うことで有名な右翼団体在特会」のメンバー。彼は地域住民ではなく、高知市在住であり、学校図書室に「はだしのゲン」が並ぶことに直接的な利害関係を持たない。


 陳情は「「はだしのゲン」は間違った歴史認識を植えつけている」として学校図書室から撤去を求める内容である(陳情書は、本人がネットにアップしているので文言を確認できる)。以下、陳情理由の一部を引用する。

 (前略)「はだしのゲン」には、天皇陛下に対する侮辱、国家に対しての間違った解釈、ありもしない日本軍の蛮行が掲載されています。、
 このように、間違った歴史認識により書かれた本が学校図書室にあることは、松江市の子どもたちに間違った歴史認識を植え付け、子どもたちの「国と郷土を愛する態度の涵養」に悪影響を及ぼす可能性が高いので、即座に撤去されることを求めます(以下略)。


 以上の「陳情理由」の中には、過激描写に対する言及はない。在特会の彼は、過激描写を問題にしたわけではないのである。陳情そのものは、松江市議会本会議で不採択になっている。


 だが、ことは複雑である。「描写過激」という建前で出された市教委の「閉架措置と貸出禁止」は、それでも「歴史認識」と無関係といえないのである。それはこうである。朝日新聞デジタルによると、市教委が残虐描写と判断した場面は、「旧日本軍がアジアの人々の首を切り落としたり、銃剣術の的にしたりする場面」。これは、卒業式で君が代を歌えと言われたゲンが、天皇の名の下に行われた軍の蛮行を告発する場面でもある。



 「閉架措置・貸出禁止」の原因となった箇所(「はだしのゲン」より)

 


 「はだしのゲン」は、戦争や原爆の悲惨さを描いたマンガであるから、いわゆる「残虐な場面」は山ほどある。その中からことさらに市教委が「卒業式で君が代を歌えと言われたゲンが、天皇の名の下に行われた軍の蛮行を告発する場面」を問題としたのは、在特会の彼のいう「天皇陛下に対する侮辱」「ありもしない日本軍の蛮行」「間違った歴史認識」とピタリ符合する。市教委の判断が、直近の右翼的圧力を忖度した指示であると言われても仕方がないであろう。


 具体的にどんな力学が市教委や市議会にはたらいたのか、オイラは知らない。だが何らかの圧力がかかったから、市教委は「歴史認識」の問題を、エログロなど「過激描写」の問題にすり替えたと考えるのが自然だろう。歴史認識を持ちだして、閉架・貸出禁止にするには無理がある。だが「子どもに有害」という理屈を使えば、表現の自由を制限できる。あの「はだしのゲン」ですら、図書室の開架から締め出すことができる。


 圧力をかけたのは市議会議員か、それとも高知の彼と同行した「ヤクザ風の在特会の男」か。ネットの記事だけでは今のところ知るよしもないが、ただ少なくとも言えることは「閉架措置と貸出禁止」は、行政がやったのだ。表現の自由は、いとも簡単に損なわれるということを、行政が率先して示したのだ。ことは考えている以上に大きいとオイラは思う。


〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻

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8/18追記1:「荻上チキ氏のはだしのゲン閉架騒動について」と題したまとめサイトに「陳情」に対する議事録が公開されているという情報があった。以下がその内容です。参考まで。

http://www1.city.matsue.shimane.jp/gikai/gian/teireikai24-12/gikai--d50.data/chinjou-46.pdf