演技論


 演じることを煎じつめて考えれば「演じないこと」にたどり着く。


 セリフを「読んでいる」という意識を断たなければならぬ。前もって「こう読もう」という意識を捨てなければならぬ。ただ、劇の人物に憑依し、相手のセリフの発し方に瞬時に適切に反応するのみである。それが「セリフを聞く⇒感じる⇒反応する」というプロセスを、現実よりも巧妙に組み立てるということにつながる。


 演技者のパフォーマンスを妨げるのは、演技者自身である。余計なことを考えず、ただ無心になって役と向かい合うべきである。「失敗しないように」と考えれば伸びやかさを欠き、「うまく読もう」とすれば小手先に流れる。こう来たらこう返そう、と考えている時点で、その役者はすでに遅れている。


 そのことを勤務校の演劇部員に話した時、一人の部員が「それは(自分がやっている)百人一首カルタの身体運用と同じですね」と言った。なるほど。古来武道や芸事を極めることには共通点がある。シャカは苦行を中止し、瞑想に入り無心になることで悟りを開いた。真に大切なものは、我欲を捨てないと手に入れられないのだ。


 私事で恐縮だが、十数年前から、稽古中にメモを取ることをいっさい止めた。メモにとらわれて、目の前で起こっていることをきちんと見る目に曇りを生じることを惧れるためである。ただただ無心に、我欲を捨て、「いま」に没頭する。それが舞台の上で「いま−ここ」の瞬間を生きるために、最も必要なことだと思うからだ。


 舞台の上に立ち、照明を浴び、数百人の観客が注視する状態に置かれても、ただ恬淡として、そこに佇み、リラックスし、心臓の鼓動の脈動も微塵も変わらず、あたかもそこが舞台の上であることを忘れているかのように振る舞える演技者こそが、「真の演技者」と言えるのではないか。


 内田樹の「修業論」の中に、中島敦の「名人伝」について触れた下りが出てくる。「敵を忘れ、私を忘れ、戦うことの意味を忘れたときこそ人は最強となる。最強の身体運用は「守るべき私」という観念を廃棄したときには初めて獲得される(62ページ)」。それは、内田樹合気道の修業を経て到達した「究極の目的」であるが、演劇をはじめ、生きること全般のあらゆることの「究極の目的」と共通しているようにオイラには思われる。


名人伝

名人伝

修業論 (光文社新書)

修業論 (光文社新書)


 中島敦名人伝」は次のような話である。
 趙の時代、天下一の弓の名人たらんとして紀昌という男がいた。彼は、壮絶な修業により、超人的な技術を体得する。さらに技を磨くため、彼は深山に住まう甘蠅という老師に教えを乞う。齢百歳を超えた甘蠅老師は、弓も矢も使わない「不射の射」の至芸を見せて紀昌の度肝を抜く。


 九年たって山を下りてきたとき、紀昌の精悍な面魂は影をひそめ、何の表情もない、愚者のような顔つきに変わっていた。その表情を見て、かつての師は感嘆して叫んだ。「これでこそ天下の名人だ」と。その後、紀昌は、死ぬまでの40年間、弓の妙技を全く見せようとはしなかった。それどころか、弓を見ても名前が思い出せぬし、用途も忘れていたという。


 「則天去私」「梵我一如」という言葉がある。紀昌の姿は、「最強の身体運用は「守るべき私」という観念を廃棄したときには初めて獲得される」という姿勢を突きつめた究極の姿であると言えよう。