ピーター・フォーク「ピーター・フォーク自伝「刑事コロンボ」の素顔」 田中雅子訳、東邦出版


ピーター・フォーク自伝 「刑事コロンボ」の素顔

ピーター・フォーク自伝 「刑事コロンボ」の素顔


 よれよれのコートと明晰な頭脳、倒叙ミステリの傑作とされる「刑事コロンボ」で有名なピーター・フォークが23日、死去した。享年83歳。晩年はアルツハイマーの症状が進んでおり、自分がコロンボだったことも覚えていなかったという。



 オイラが一番多感だった10代のころ、1970年代、NHKの「刑事コロンボ」をわくわくしながら見た。ちなみに古畑任三郎シリーズを書いた三谷幸喜とオイラは同年生まれ。彼の読書遍歴、映画遍歴などを見ていると、オイラのものと非常に似ている。オイラも三谷幸喜同様、コロンボに魅了され、こんな傑作ドラマを作りたいと脳内で妄想し、倒叙ミステリのフォーマットを別の主人公に移し替えた小説を書いたものだった。もっとも、三谷幸喜は商業的にも見事に成功したが、オイラはしがない教員だ。



 まだヴィデオが普及していなかった頃、オイラはテレビの音声をテープに録音し、擦り切れるほどに聞き、セリフをそらんじた。ピーター・フォークの物まねをし、ノートにセリフを書きうつした(一時音源が紛失したとされていた最終話「策謀の結末」の小池朝雄版の音源も、実は我が家にはあった!)。額田やえ子の日本語訳は名訳で、知らないうちに、セリフを書く稽古をしていたことになる。ドラマの中に登場する知らない事物を学ぶことができた。人生において大切なことを、オイラはコロンボで学んだのである。



 「刑事コロンボ」が、10代のオイラをあれほどまでに夢中にさせたのはなぜだろう。それは、風采のあがらないコロンボに、オイラ自身の姿を見たからだと思う。コロンボが、地位も名誉もある犯人を追いつめていく姿に、現実世界では味わえないカタルシスを感じていたのだろう。

 また、倒叙形式というミステリの形式が、一話完結のテレビドラマという形式によくなじんでいたと思う。犯人をあらかじめ明らかにすることで、ビッグスターを招聘できる。犯人が殺人を犯すまでのプロセスを詳細に描きこむことができるので、犯人の心理に肉薄できる。

 だから犯人よりもコロンボの方が謎が多いくらいである。彼のファースト・ネームは、ドラマの中で呼ばれたことがない。話には毎回出てくる「ウチのカミさん」も登場したことはない。よれよれのコートやひとなつこい笑顔で相手を油断させ、「あともうひとつ」という話法で犯人をケムに巻く。安葉巻、愛車プジョーコンバーチブル、好物はチリコンカンといった小道具も楽しい。


 ワイン愛好家が登場する「別れのワイン」、豪華客船での殺人事件を解決する「歌声の消えた海」、あっと驚く指紋のトリック「二枚のドガの絵」、若きスピルバーグが演出した「構想の死角」など、初期シリーズには駄作がほとんどなく、傑作揃い。またじっくり、それぞれの作品について語ってみたいと思う。
 


 ピーター・フォークは、1960年代までは名バイブレイヤーとして、1970年代以降はスターとして活躍した。芸術的に高く評価されたのは、ヴィム・ヴェンダース監督作品で天使を演じた「ベルリン・天使の詩」だろうが、コメディ的作品にも傑作が多い。中でもオイラが一番好きなのは、アラン・アーキンと共演した「あきれたあきれた大作戦」。娘の義父にあたるCIAエージェントのフォークが、堅物の歯科医であるアーキンを事件に巻き込み、歯医者の治療中に南米まで連れていってしまう。飄々としたP・フォークの持ち味がうまく生かされた秀作。

 プロレスのマネージャーを演じた名匠アルドリッチの最後の作品「カリフォルニア・ドールズ」など、印象的な役は多いが、それでも、コロンボ以外には、役に恵まれなかったと思う。特に1990年以降は、これといった作品を残していないのが本当に残念。



 彼は、画家としても活躍。本書には彼の描いた作品を見ることができる。多彩な才能の持ち主であり、本当ならもう少し彼の活躍をみたかった。「RED」のアーネスト・ボーグナイン(94歳)、「ウォール・ストリート」のイーライ・ウオラックと比べると(96歳)83歳は若い。