中野剛志・柴山桂太「グローバル恐慌の真相」集英社新書


グローバル恐慌の真相 (集英社新書)

グローバル恐慌の真相 (集英社新書)


 TPP反対で知られるようになった中野剛志氏が、滋賀大学准教授の柴山桂太氏と対談の形式を取りながら、グローバル化の問題点を、社会構造の本質までつっこんで考えた硬派な対談本。読む前は軽い新書と思っていたのだが、なかなかどうして、経済学の本質的議論がなされており、読みごたえ十分、そして滅法面白かった。


 リーマンショックや国家債務危機が世界を襲い、社会が不安定化する。カジノ資本主義スーザン・ストレンジ)、格差の拡大、デフレ圧力。グローバル化は綻びを見せ、さまざまな問題を生んでいる。それなのに「日本は遅れている。グローバル化はいいことだ。なんでも自由化するのがすばらしい」という主張が繰り返される。単純化されているグローバル化推進という思い込みをいま一度疑って、危機を引き起こしている根本的な原因を探ってみようという試みが本書である。


 本書の雰囲気は、このエントリーの最後につけた動画の雰囲気である。ぜひ、ご覧下さい。以下、本書の内容のサワリをピックアップ。


 規制緩和について


柴山 規制緩和論が出てきた背景というのは、日本は規制が多すぎて新しいビジネス・アイデアを実行に移そうとしても障害が大きい、というものでした。90年代の長期不況のときは、規制が多すぎるから経済成長ができないとも言われた。
 でもちょっと考えてみればわかるけど、日本の高度成長期って規制だらけだったじゃないですか。規制緩和論者は規制を取っ払えば市場が効率化して、経済は成長すると考えているけれど、規制と成長の関係って、そんなに単純なものじゃない。
 ハイエク規制緩和論によく利用されますが、市場というのはいろんな規制のうえに成り立っていて、歴史的に意味のある規制もいっぱいありますよね。だから、簡単に撤廃したり強引に上から再設計したりしてはいけないというのがハイエクから学ぶべき大事なポイントですよ。規制がおかしいのであれば、個別の現場で少しずつ改良できるよう努力していくしかない。(57ページ)


 デフレだと将来のための投資ができなくなる


中野 デフレというのは供給が過剰で、需要が足りない状態だ。だったら日本は、世界的に見ても十分に豊かなんだから、これ以上需要を延ばして、欲しいものもないのに、無理に買わなくてもいいじゃないか。過剰な供給の方を下げて、小さくまとまればいいというのが、低成長論者の意見。…非常に正しく聞こえるんですが、その議論が見失っていることが一つあります。需要には、将来への投資も入っているということです。需要が消費だけだったら、需要が小さいままでもいいのかも知れません。足るを知ればよい、ですみます。ところが、需要のなかには、消費だけじゃなくて投資も入っている。投資需要がないということは、将来必要なものに、今、お金が出せなくなるという状況なのですね。…今を抑制して将来のために投資をするという、つまり未来のことを考えて生きるという非常に人間らしいことができなくなるんですよ。(79ページ)


 グローバル化すると、一極集中がひどくなる


柴山 重商主義国家になるということは、日本の地域格差が広がっていくということです。国内市場が分厚かった時代には、国内でつくって国内で消費するわけだから、工場は日本海側につくってもよかった。
 しかし、海外への輸出がメインになったら、輸出に有利な太平洋ベルト地帯の大都市圏に人口や資本がどんどん集中して、巨大な大都市圏が出来ていく。貿易に有利な地域あ、海外の情報が集まる都市がますます発展していく、ということになる。実際この20年ぐらい、東京だけにやたらと人口が増えて、高層ビルも増えていますよね。韓国なんかもっとひどくて、ソウルの一極集中がすさまじい。
(104ページ)


 グローバル化で得をしているのは誰か


中野 誰が得をしているのかという話は、けっこう重要です。
柴山 マルクス主義的に言えば答えは簡単で、資本家と言われる連中が得をして、一般的労働者、国内の労働者が損しているという話になります。
 でもね、企業の経営者に会って話を聞くと、全然、得なんかしてないですね。こんなしのぎを削る競争状態の中で、乾いた布を絞るようなコストカットをやって、だれが生き残るんだというぐらいの悲惨な状況の渦中で、仕事をしているんです。
 そうすると可能性としては一つなんです。マルクス的な理屈で、だれか得しているやつが世の中にいるんだとすれば、それは金融階級しかない。…今のようなグローバル資本主義の下では、金融界と産業界の利益は必ずしも一致していない。金融が産業の利益と切り離されて、それ事態で利益を追求できるようになっている。マルクス主義風に言えば、経済の混乱が起こるほど産業階級は苦しみ、金融階級が権力と富を得ていく構造です。(107ページ)


 安定していないとイノベーションは生まれない


中野 変動が大きい方が活力があって、秩序や安定は硬直的で停滞しているというイメージをもっている人が、すごく多い。そんなに将来が不安で、不安定で、カオスのなかから新しいものが生まれると言うなら、リビアトリポリにでも行って、イノベーションをやってみろと言いたい(笑)。(113ページ)
 資本主義がダイナミックなものであるのは事実なので、その不確実性がイノベーションを生むと言う面はあります。しかし、イノベーションをやるためには将来のリターンがあるかどうか、まったくわからなかったなら投資なんかできないわけです。実はイノベーションをやるという動機を起こさせるには、不確実性が低い場合なんですよ。現在のような金融危機のときより、金融危機じゃないときの方がイノベーションは起きる。リビアトリポリより、安定した先進国の社会の方がイノベーションは起きるということです。そんな自明の理が、どうして日本人は理解できないのかなと思います。(121ページ)


 経済発展の道筋も国によって違う


中野 日本人は、アメリカのシリコン・バレーをうらやましいと思ったら、すぐそれを導入する。中東がいろいろ政府系ファンドをつくってうまくいっていると、またそれを真似する。ドイツが太陽光エネルギーの買い取り制度をやっていたら、それをもってくる。よその国をうらやましがって、何につけても日本は遅れていると騒いでそのシステムをもってこようとする。
柴山 政治制度、社会制度が違うんだから、経済発展の道筋も国によって違うということですね。リストもいうように小国と大国では違うし、熱帯と温帯では違う。僕なりの理解では、成長は生産性の向上から生まれると、とりあえず考えるにしても、何が生産性の向上につながるかは、歴史と文化といっったその国に固有の事情によって違うというのが、中野さんの言う経済ナショナリズムの議論ですね。
中野 …国ごとの違いをいっさい無視して自由化するほうがよほど危険なんですよ(183ページ)。


 お金で買えないものに潜む価値


中野 農業の問題で言うと、農業って単に農家が食料を供給し、消費者がそれを買って腹を満たすための存在じゃないんです。農業というのは環境保護とか田園の景観も含めて、自然環境や地域性と密接に関わりあっているのです。そこには、お金では交換できない価値がある。お金では取引できないものが含まれている。それを全部無視してお金で取引すると、今まで地域で大事にしてきたナショナル・キャピタルが壊れてしまうんです。
柴山 TPP問題でも推進派は農業を競争にさらせというけれど、農地の経営者が次々に入れ替わると、もともとそこにあった人間関係も含めていろいろなものが壊れますよね。(187ページ)


 保護主義は戦争の原因になる?


中野 経済史の最近の研究によれば、保護主義の連鎖で大恐慌が悪化したんじゃないという議論の方が有力になっていますね。
 …むしろ、世界恐慌を深刻化させたのは、保護主義ではなく、緊縮財政と高金利政策というデフレ政策によって金本位制を維持しようとしたせいだとテミンは言っています。
 大恐慌はまず株式市場が崩壊して、いきなりデフレになるわけですよね。その状況では、金融を緩和して、財政出動しなきゃいけないのに、当時のアメリカの大統領フーヴァーは今で言う主流派経済学を信奉していたので、為替を維持するために金利をあげて、緊縮財政を施したんです。その結果、とんでもないことになってしまった。ありていに言えば、主流派の経済学が大恐慌の原因なんですね。
 で、ケインズは「雇用、利子および貨幣の一般理論」で、こういうわけですね。世界で市場が縮小したときに、みんなで外を取り合うと戦争になるので、内需拡大財政出動ということを、この本で教えてやった。だから、帝国主義的な奪い合いはなくなる、俺が平和をもたらすのだと言わんばかりのことが書いてあるんですが、まあ、そういうことなんですよね。(197ページ)


 一度失うと元に戻らない。これを肝に命じて


中野 よく日本は少子高齢化だから、内需といったって期待できないんじゃないかと言う声があります。「TPP亡国論」でも書いたから繰り返さないけれど、財政破綻論はうそだということは確信をもっています。もちろん内需拡大をいくらしたって、夢のような高度経済成長なんかは起きませんよ。けれど、それが起きないからやらないというのは、ばかげた理論です。
 …今必要なのは、事態がもっと悪化するのをくい止めるという敗戦処理、ダメージ・コントロールです。冒頭にも言いましたが、このままヘマをやり続けると、20年後はGDPが世界で10位以下に落ちると思いますよ。それを5位以内にとどめるためのオペレーションを、必死になって考えるしかないということです。
 …長い間にひきついできたものというのは、つくるのは難しいのですけれど、失うのは一瞬ですからね。それを守ろうということでしょうね。その守ろうという姿勢をなぜかみんな、後ろ向きのように感じているんですけれど、「もっと前向きに新しい創造を」と言う連中が、その見えない大切なものを簡単にぶっ壊してきた。それが「失われた20年」の真相です。自分たちが受け継いできた遺産というものは、いったん失うと二度と戻らないんだぞということを、肝に命じる必要がありますね。
(207ページ)



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