「コラテラル」




 「RAY レイ」つながりで少し前の公開作品について言及する。マイケル・マン監督。ジェレミー・フォックス扮する冴えない運転手が、トム・クルーズ扮する暗殺者に巻きこまれるアクション。


 ジェイミー・フォックスは、この作品でアカデミー助演男優賞のノミネートを得ている。「RAY レイ」の主演男優賞ノミネートとあわせて、主助演ダブルノミネートの快挙だ。ただし、「コラテラル」の助演男優賞ノミネートには異議あり。もっともセリフが多くて、出演場面の多いジェイミー・フォックスが、なぜ助演なのだ。もちろんトム・クルーズが助演だろう。いまやアカデミー賞では、主演と助演の境界など、ないに等しい。

 以下、ネタバレ炸裂。


巧妙なドラマの転換点=練られたシナリオ


 個人的には、とても好きな作品だ。

 数多のご都合主義的展開は抜きにして考えると、とてもよくできていると思う。ポイントは、ドラマの構成。事業の成功を夢見ながらも、自分では何もできない、タクシー運転手をずるずると12年も続けてしまった主人公(僕は20年も教員をずるずると続けている!)が、劇中劇的に変わる。その場面までの伏線の張り方もさることながら、転換点が、鮮烈で象徴的だ。

 それが、「車を暴走させて、転倒させる」場面。

 ヴィジュアル的な面もさることながら、状況に流されてきた主人公が、主体的に生きる主人公への転換点を、「タクシーの破壊」という出来事を通して象徴的に描いているのが、タクシーという小道具をきちんと生かすという意味でも、とてもいい。

 また、前半、タクシーが破損したことで、途方にくれている小市民的な主人公との対比があるから、タクシー転倒後の主人公のふっ切れ具合が鮮明に際立つ。その後、主人公がタクシーに戻らないのも、象徴的だ。


 また、ラストのラスト、殺人者に、ずっと「後ろから銃を突き付けられてきた」主人公が、地下鉄で瀕死の殺人者の「対面の席に」腰掛ける。常に被害者であった主人公が、殺人者と対等に向かい合う、ここもさりげない象徴的場面。ワカル者にはワカル、って感じだ。


終わりなき日常を生きる主人公像が大いなる共感を呼ぶ


 また、前半は、成功を夢見ながらも、怠惰に生きる主人公の日常が、きちんと描きこまれており、なんとなく自分とかぶる姿がそこにあって、何だか共感した。タクシーが、街の灯にじむ都会の中に溶け込んでいくようなイメージが、とても詩的で美しく、アップを多用したシーンも印象的。


 ラスト、殺人者(死んだかどうかは不明)は、地下鉄ともに、夜明けの街に消えていき、主人公は、夜明けの駅を女とともに逃げていくショットで幕。殺人者が死んだかどうかははっきり描かれず、警察やFBIの動向という伏線は回収されず、主人公たちの今後も暗示されることもない。この幕切れ、アクション映画としては、カタルシスが弱く、いささかあっけない。観客に「まだ続くかも」と思わせ、消化不良を感じさせる。


 しかし、安直なカタルシスを与えないのは、おそらく作り手の意図だろう。「ああ面白かった」で終わらなかったからこそ、後々まで、この映画のことを僕は考えつづけることができる。

 この作品の主人公は、ヒーローになったり、自己変革を果たさないのだろう。状況の改善はあったにせよ、今までとさして変わらない日常がこれからも続いていくことを予感させられる。序盤、この映画が、タクシー運転手の日常のはじまりやダメぶりを克明に描いたのは、そういった意味からも必然性があったのだ。

 単純なアクションではなく、そうしたラストに着地させた作り手の意志に、僕は大いなる共感を覚える。なぜなら、我々も、そんなに簡単に、自己変革など果たせるはずもなく、ヒーローになりえるべくもなく、終わりなき日常を生きなければならないのだから。それがこの作品の描く「リアリティ」ということだろう。


安直な矛盾はなぜ生じたか


 しかしながら、この作品、安直な矛盾も数多い。誰にも顔を明かさないはずの殺人者ヴィンセントは、主人公の母親、ジャズバー、ディスコなど、多くの場所で安直に顔をさらしている。ジャズバーでは、グラスについた指紋を拭く描写もない。いきあたりばったりの殺人計画は、クールで精密機械のような殺し屋と言う感じではない。

 とくに、主人公マックスについての矛盾より、殺人者ヴィンセントについての矛盾の方が多いのが特徴だ。


 なぜ山のような矛盾が出たのか。ここからは僕の妄想であるが。

 台本の段階では、殺人者役には、トム・クルーズではなく、もっとエキセントリックな役者を想定していたのではないか。たとえば、往年のテレンス・スタンプとか。エキセントリックな役者が演じると、沈着冷静に振る舞っていても、矛盾のある行動も狂気を感じさせて、それなりにサマになる気がする。

 トム・クルーズはクールすぎる。しかし、トップスターなのだ。

 トムが「この役をやりたい」と言えば、それを断る理由など何があろうか。