ヤン・マーテル「パイの物語」竹書房文庫
- 作者: ヤン・マーテル,唐沢則幸
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 2012/11/22
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(身もフタもないネタバレがあります。ご注意を)
「ライフ−オブ−パイ/トラと漂流した227日」を見たあと、原作小説「パイの物語」を読む。映画は原作にほぼ忠実に作られており、最大の魅力である物語構造の面白さは、原作にすでにある。映画よりむしろ原作こそ称賛されるべきだ、そう思う。
映画との違いをいくつか挙げてみよう。原作の主人公は、動物の生態や動物園事情に詳しい。動物に関するさまざまな蘊蓄が語られる。「捕食−被食関係にある動物が共存する例」など、漂流時のトラと主人公の関係の伏線になる。ボート上でトラを調教する場面も、主人公に知識の豊富さがあるので、小説の方が、トラとの駆け引きにスリルを覚えることができる。
また、漂流中のサバイバル描写は、小説の方が凄惨である。ウミガメを捕まえ甲羅をはぎ、首を切断し血をすすり肉を食らう。思わずぞっとする。そうした場面は、ラスト近くで語られるもうひとつの物語「人肉食の物語」と対応している。小説には「生きるためには食べなければならない、たとえそれが人肉であっても」というメッセージが、漂流場面にはっきりとある。映画は、商業映画ゆえにか、動物虐待と見られる描写を避けている。テーマに向かう力にやや欠ける感じがする。
小説版では、漂流部の終盤になると、主人公の意識が朦朧としてきて、ついには目が見えなくなり、夢と現実の境がはっきりしなくなる。主人公は、そこでなんと、盲目のもうひとりの漂流者と出会い、会話をかわす。その後トラがその漂流者を食い殺す。明らかに妄想と幻覚の世界の出来事である。「人肉食の物語」では、「トラ=主人公」であるから、作者は妄想あるいは幻覚のエピソードに仮託して、人肉食がおこなわれたことが、小説でははっきりと示されている。
そうしたカニバリズムのエピソードのあと、小説では人食い島にたどり着く。小説の流れでは、島は完全に妄想と幻覚である。これに対し、映画では、島は「現実・かも知れない」というふうに見える。だから、ラストで主人公が「人肉食の物語」を告白する場面は、映画は少々唐突に感じる。好意的に解釈すれば、映画は、本作の寓話性をギリギリまで表に出さないようにしようと企んでいるかのようだ。だが、小説のエピソードの質と量の充実具合を目撃してしまうと、映画は少々物足りない。キレイな映像美でめくらまされている感じがするのだ。小説と映画は違う、と言ってしまえばそれまでだが、オイラは論理の積み重ねが丁寧な小説の方を好ましく感じる。
関連エントリ
「映画の感想はこちら」
http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20130222
2/25追記
本作の映画化作品「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日間」は、本日発表された第85回アカデミー賞において、監督・撮影・作曲・視覚効果の4部門で受賞(11部門にノミネートされていた)。ちなみに4部門受賞は今回のアカデミー賞のなかで最多。最有力と言われ12部門にノミネートされていたスピルバーグの「リンカーン」ですら、2部門しか受賞できていなかったとを考えれば、「ライフ・オブ・パイ」は大健闘と言えよう。まあ圧倒的に支持を得られた作品がなかったということでもあるのだが。
第85回アカデミー賞 受賞結果一覧