青年団第66回公演「月の岬」


 6月30日。善通寺、四国学院大ノトススタジオにて鑑賞。


 長崎の離島。ひとつ屋根の下で暮らす姉弟。弟の結婚がきっかけになって、隠れていた様々な男女関係が顔を出す。復縁を迫る姉の元恋人、弟との関係をほのめかす女子高生。さりげない日常を舞台に、かい間見える異常な関係性が、互いの亀裂と歪みを広げていく。脚本は松田正隆、演出平田オリザ、時空劇場時代から松田作品のヒロインとしておなじみの内田淳子が今回も主演し、他は青年団の役者が固める。


 初演は1997年。オイラは、京都のアトリエ劇研で初演の試演会を見た。近代的な価値観に基づく男女関係ではなく、島に息づく母性原理に基づいた異様で土俗的な性的関係が、何げない日常の描写の陰にかいま見えるという、巧妙な台本の構造にオイラは衝撃を受けた。松田正隆は、かつて「坂の上の家」で、両親をなくし、兄弟だけで支え合い健気に生きる三兄妹の姿を描いた。しかし、それ以後の「海と日傘」「月の岬」では、その健気なイメージを自ら壊し、男女関係の本質にある不可解な闇をのぞきこむような傑作を作り上げた。その潔さ、ラジカルさにオイラは強く驚き、オイラの演劇創作は、その後本作に大きく影響されたのだった。「月の岬」は、オイラにとって「生涯の一本」と言える作品である。


 初演から15年がたち、内田淳子も素敵に年齢を重ね、円熟味を増した。内田演じる姉に復縁を迫る男も、繊細さを漂わせた若い男(金替康博)から、頭頂部の禿げたずうずうしい男(大塚洋)に変わった。こうした改変も新たな作品世界を見せるという意味では「あり」だと思う。また初演時に女子高生を演じた井上三奈子が、今回弟の妻の直子を演じた。初演から15年の歳月をうまく利用したニクイ処理。15年たって、女子高生が新妻のポジションになった。島のイエの支配者は女性であり、代々受け継がれていくという土俗的な設定が、15年かけて完成されたのである。


 今回の公演で、初演ともっとも違うのは「演技」だとオイラは思う。青年団の役者はさすがに達者で、精緻で夾雑物が少なく、クールでクイックにテンションがあがる。ただ高いテンションは単調に聞こえがち。台本には結構修羅場が多いせいもあって、オイラには各人の愁嘆場の演技が、パターン化された「芝居くさい演技」に見えた。


 青年団平田オリザ)の演技の方向性や味付けが、現代口語演劇を高らかに唱えていた1990年代頃とは変化したということでもあるのだろう。今回は、うまく作られ、作品全体としても整理され、いわゆる「普通の演劇」としての体裁が整えられている「月の岬」であった。再会した初恋の人から初々しさが消えていたかのような感じ。


 たとえば、松田正隆の台本に書かれた「暗転」を、暗転は使わない平田オリザが、鈴の音を鳴らすことで転換とした。そうした初演時の作者と演出のスリリングなせめぎあいや、手探りで作品を作っていく手つきが、少し遠くへ行ったような気がした再々演であった。