秋月高太郎「ありえない日本語」



            (ちくま新書/¥720+税)



ありえない日本語 (ちくま新書)

ありえない日本語 (ちくま新書)


 若者のことばについて書かれた書である。

 アンケート調査、インターネットに日記や掲示板、日常会話やメール、テレビの中の若い人たちトーク、マンガのセリフ、ヒットソングの歌詞などの分析を通じて、若者の言葉の使い方のルールや時代の変化を浮き彫りにしていて、内容的にも非常に興味深い。


 面白いのは、単に言語のみの問題として論じていない点である。言葉の問題を取り扱いながらも、若者の価値観や文化と言葉の関係を丁寧に論じ、若者の行動や生活が生き生きと浮かび上がってくる仕掛けになっている。

 本書は10章に分かれていて、1章ごとにひとつずつの若者言葉に対する洞察をおこなっている。たとえばこんなふうに。各章のタイトルをあげて見よう。


序 章/「ありえない」はありえない?

第1章/「なにげ」によさげ

第2章/かっこいいから「やばい」、おいしくて「やばい」

第3章/「うざい!」と言いたくなるときは

第4章/「〜じゃないですか」は失礼じゃないですか

第5章/「よろしかったでしょうか」はなぜ丁寧か?

第6章/タメ語は失礼ですか?

第7章/ココはカタカナで書くしかないデショ?

第8章/「ゲッチュ」「プリチー」−外来語表記のポイント

第9章/愛の告白の言語学−「つきあってください」と「ごめんなさい」


コミュニケーションに敏感な若者世代


 内容について少し触れておこう。

 「信じられない」の意味で「ありえない」を使う若者世代。ある事柄に対して「ありえない」と言い合うことは、同じ価値観を共有し仲間意識を高める効果があると本書は指摘する。

 「仲間意識を高める」という点では、「〜じゃないですか」の多用も同様だ。あえて共有意識をでっちあげて、礼儀や敬意を損なっても、親しさを優先し演出しようとする傾向が、若者世代の人々にはあると述べられている。

 「タメ語」もまた、親しさを演出するための手段だ。丁寧語は、若い世代にとって、よそよそしさを伝える手段である。80年代以降、丁寧語に抱くイメージについて、それ以前とは大きく変わった。愛の告白も丁寧語ではおこなわれなくなったと本書は指摘している。


 こうした若者言葉の考察から浮かび上がってくるのは、コミュニケーションについて敏感で、親しみや「空気を読む」ことを常に意識し行動する若者たちの姿である。秋月はいう。


 「今日の若い世代の人々が、会話の場の「空気」や「ノリ」といったものを、とても重要視していることは、「うざい」の章でも述べた通りである。彼らは、仲間同士の飲み会や、男女の集団見合いである合コンのような場において、「ノリ」が失われること、つまり、場の雰囲気がひいてしまうことをたいへん恐れている。たとえば、合コンの場において、70年代少女マンガの登場人物のように、初対面の男性に丁寧語で話し続ける女性がいたとしたら、彼女は、相手の男性にも、仲間の女性にも「ひく」存在として、二度と合コンに誘われることはないであろう」。(156ページ)


コミュニケーション能力について秀逸な考察


 「不登校」や「ひきこもり」の増加、敬語が使えない等、若者のコミュニケーション能力が低下しているのではないか、という声をよく耳にする。しかし、実態は違う。中央公論2005年4月号の、本田由紀『「対人能力格差がニート」を生む』によると、次のような実態が浮かび上がる。

 

 高校生の友人関係に関する変化を1979年と1997年を比較すると、「親しい友人がいる」「学校の外に親しい友人がいる」「学年の違う友人がいる」「異性の友人がいる」と答えた者の比率は、いずれも1997年の方が高い。この資料を見るかぎり「高校生の友人関係は、20年前と比較すると、範囲や多様性が拡大している」のである。また「友人とは表面的なつきあいが多い」と答える者の比率も、97年でむしろ減少しているというのである。

 「この調査結果が表しているのは、友人との関係をうまく取り結ぶことができるかどうかが、子どもや若者の生活の中で以前よりもいっそう切実な課題になっているということである」と本田は述べている。

 そうした若者世代の変化が、言葉づかいにも表れていると言えるだろう。本田の指摘は、それにとどまらず、高校生の対人能力の格差が明確化してきており、それが若者の進路問題と密接に関連していることなどについて言及しており、それはそれで大変興味深かった。


補遺


 著者は自らを「おたくである」と述べているが、これは「確信犯」だろう。本書の裏表紙に、少々ダサめの写真を使い、その背景には少女マンガ。ちなみに小谷野敦も「もてない男」で、同様の露悪的演出を行なっていた。