鈴木翔「教室内カースト」光文社新書


教室内(スクール)カースト (光文社新書)

教室内(スクール)カースト (光文社新書)


 「スクールカースト」。聞きなれない言葉である。
 教室の中、子供たちはお互いを値踏みし、ランク付けをしている。それが原因で発生するヒエラルキーを「スクールカースト」と呼ぶ。本書の著者はまだ20代、東京大学大学院に在籍中の新鋭。自分の小中高時代の実感を参照し、これまでのいじめ研究などを紐解きながら、学生や教師へのインタビューを積み重ね、教室の実態や生徒・教師の本音を、社会学的アプローチでまとめている。内容にかかわらず、学術的でまじめな本という印象で好感が持てる。


 小中高生にとって「スクールカースト」はすぐに実感できるテーマだろう。「教室内ランク」を実際に主題にしたフィクションは多い。筆者もいろいろな作品を本書の中で挙げている。豊島ミホ「底辺女子高生」(エッセイ)、朝井リョウ桐島、部活やめるってよ」(小説)、木堂椎「12人の悩める中学生」(小説)、安野モヨコ花とみつばち」(マンガ)、大島永遠「女子高生Girls-High」(マンガ)、白岩玄野ブタ。をプロデュース」(小説)等など。


 だが「スクールカースト」という概念そのものが注目されるようになったのは、つい最近だという。最初に文献に登場するのは2007年(森口朗「いじめの構造」)。これまでは、むしろ社会問題化した「いじめ」の文脈で、教室内の子供のダイナミズムをとらえる言説が一般的だった。「スクールカースト」そのものは、「ささいなこと」とされ、解明するべき問題として捉えられてこなかったのである。


 たとえいじめでなくても、何となく下に見られているような感覚。被害者ですら「これ、いじめか?」と思えるようなこと。学校生活にはそういうことがあまりにも多い。それらを引き起こしているのが「スクールカースト」である、と筆者は言う。「いじめ」もまた「スクールカースト」があることによる弊害の一部なのだと。本書が画期的なのは「いじめ」の文脈を外し「スクールカースト」そのものを検証している点にある。「スクールカーストは、鈴木翔という20代の若手研究者によって再発見されたのだ。


 本書では「スクールカースト」の実態についてページを割いている。上位グループと下位グループはどう違うのか。簡単に要約するとこうである。上位のグループは「にぎやか」「気が強い」「異性の評価が高い」「若者文化へのコミットメントが高い」などの特徴があり、「結束力」が強く、クラスに影響力がある。下位のグループは「地味」「目立たない」。上位グループは下位のグループに影響力があるため、下位グループは、ある意味「恐怖心」を抱いている。この地位は固定的で変えることは難しいと考えられているために、下位グループの者は、こうした関係を消極的に受け入れるのである。生徒にとって上位グループは権力的存在なのである。


 教師もスクールカーストがあること自体を肯定している。生徒の認識と違うのは、スクールカーストを、権力ではなく、能力による序列だと見ている点だ。上位の者には積極性や生きる力、コミュニケーション能力があると認識して、評価の対象として上位者を積極的に評価し、この関係を学級経営の戦略として利用しようとする。言われてみればオイラもそうだ。すべての生徒をフラットに見てクラス経営をすることはありえない。スクールカースト上位の者を「てこ」として、行事などのときに動いてもらうことで、クラスを積極的な集団へと変貌させようとするのである。


 このように、生徒と教師でスクールカーストの認識が大きく違うが、両者とも、スクールカーストそのものを解体しようとは思っていない。だからこそスクールカーストは維持される。筆者は、スクールカーストを緩和することによって、学校におけるスクールカーストの諸問題を改善しようという提言を、生徒・教師・保護者に対しておこなっている。もっとも、改善の提言は、これからの研究にまつべきものだろう。


 誰もが感じていたけれど、それまで研究対象として取り上げたことが少なかった「スクールカースト」に切りこんでいく筆者の着眼点の鋭さには目を見張らされた。また、帯の古市憲寿氏の言葉にもあるが「大人たちの世界も、実はこうした「格付け」であふれている」。そのことも、今後もう少し考えてみたいと思っている。


 第1章 「スクールカースト」とは何か?
 第2章 なぜ今、スクールカーストなのか?
 第3章 「スクールカースト」の世界
 第4章 「スクールカースト」の戦略
 第5章 教師にとっての「スクールカースト
 第6章 まとめと、これからのこと


 追記
 本書のなかで、特に印象に残ったインタビュウはこれ。


ナナミ/一番上(のグループの生徒)が(教師に)ガンガン文句言ってくるんで、その反応で弱い先生ってすぐ分かるんですよ。嗅ぎ分けるのが「上」(のグループに所属する生徒)はうまいんで。先生は一番上のグループと仲良くなんないと、そのクラスでの権力がなくなっちゃって。(いやでも、先生っていうだけで生徒よりは権力あったりしないの?)いや、それはたいしたことない権力ですね。名目上というか。はっきり言って、たかが先生に何もうちら(生徒が)コントロールされることはないですからね。面倒だから、コントロールされたふりをしてあげることはありますけど。(教師は)生徒からいじめられちゃうこともザラにあるでしょ? だから、「上」の生徒と仲良くなって権利の一部を分けていただく。そういうことで多少先生にも教室での権限が与えられることはありますかね