井上寿一「戦前昭和の社会 1926−1945」


戦前昭和の社会 1926-1945 (講談社現代新書)

戦前昭和の社会 1926-1945 (講談社現代新書)


 面白かった。具体的なひとつひとつの事物が、とても具体的で、戦前昭和の時代を生き生きと描き出している。帯には「暗い時代の明るい日常生活」と書かれていたが、あの時代は我々が考えているほど暗い時代ではなかったことが確認できた。写真も絶妙のセレクト。印象的で、忘れがたい写真が多数掲載されている。


 大衆消費社会の象徴であるデパート、都市の中間層の勃興を感じさせるアパート、扇風機、電気冷蔵庫、電気アイロン、電気コタツ、ラジオなどの家庭電化製品。モダンボーイにモダンガール。これらは、アメリカの影響を受けた戦前昭和の大衆消費社会の象徴である。
 映画もこの時代に隆盛を極めた。活動弁士つきの活動写真から、トーキー映画へ。トーキー映画の実用化は1928年、天然色映画の製作は1929年のことである。1927年4月には、パラマウント映画の直営館がオープンし、純米国式の興行が行われた。開館当日は「オープニング・ナイト」が行われ、映画上映の他に、山田耕作指揮の大管弦楽団の演奏が行われた。もっとも人気があったのは、チャップリンだった。チャップリンを通して、日本人はアメリカの豊かさを確認した。



開戦直前まで、日米関係は平穏だった


 本書で強調されている戦前昭和社会の特徴は、次の3点。アメリカ化、格差社会の是正、そして大衆民主主義。これらは、この時期の日本社会のいたるところで見られるという。たとえば、昭和16年、太平洋戦争の直前になっても、写真ニュースには、日米友好を歓迎する記事が見られる。日本国民は、この時期になっても、対米戦争不可避と認識していたわけではなかったのだ。


 「今日の銀座に君臨しているものはアメリカニズムである。/まずそこのぺーヴメントを踏む男女をみるがいい。彼らの服装は、彼らの姿態は、いずれもアメリカ映画からの模倣以外に何があるか。…今日銀座のレストランに最も多いのはフランス料理に非ずして、水を以て葡萄酒に代えるアメリカ風ランチである。至るところのカフェに鳴る音楽はアメリカ好みのジャズである…(安藤更生「銀座細見」)


国民と国家が一体となって戦争をもり立てた


 一方、日中全面戦争が勃発した。筆者は、国民と国家が一体となって戦争をもりたてた、と言う。国民側にも戦争をもり立てる意識が強かったというのだ。もちろん、ラジオや写真ニュース、グラフ雑誌などが影響力を発揮し、国民と国家を結びつけたのである。
 ラジオを巧みに利用したカリスマ政治家は、近衛文麿だった。日本精神を称揚し、一方ではリベラルでモダンで洗練されたイメージを国民に与えた。ラジオは、日中戦争下にあっても、ジャズを流しながら、一方で近衛の演説を流したという。


 そうしたありようは、現代の政治とマスコミの関係をほうふつとさせる。だがこの時代が現代と相似しているのか。オイラにはわからない。この本を批評的に見るだけの知識がないからだ。事物のセレクトの如何によって、似ているようにも似ていないようにも見えてしまう。ただ言えることは、事物のセレクトのセンスはすばらしく、オイラは大変面白く本書を読んだ、ということだ。



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 1939年の公開。底抜けの明るさが「戦前昭和の社会」で描かれた時代を象徴している。日米開戦までの日本社会を、暗い時代という一面だけで見ると、見誤る。