孫崎享「戦後史の正体1945−2012」創元社


戦後史の正体 (「戦後再発見」双書1)

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書1)


 先日紹介した「ゴーストライター」という映画は、「アメリカCIAによる同盟国(イギリス)首相に対する裏工作」が行われているというショッキングな認識に基づいて製作された傑作スリラーだった。現実にそうした裏工作や圧力があることは、たとえ新聞などのメディアが報道しなくとも、このネットの時代、日本に住む人々の多くが、すでに「なんとなく」知るところとなっていて、そのことが、この映画の現代性とリアリティを保障しているのだとオイラは述べた。しかし、逆に言えば、圧力や裏工作を「なんとなく」しか知らないことが、国際情勢のリアリティを正確に把握できず、陰謀論と現実の境が不明瞭なものになってしまう原因につながっているとオイラは思う。


 その点、孫崎享の新刊「戦後史の正体1945−2012」は、とても重要な本である。孫崎享と言う人は、元外務官僚で国際情報局長まで務めた人物。対米従属に異を唱え、自主外交・自主防衛の論客として知られる。『日米同盟の正体――迷走する安全保障』(講談社現代新書)をはじめ、日米関係を考えるうえで重要な著作も多い。本書は、戦後最大のタブーである「米国からの圧力」を軸に、戦後70年を通史として具体的かつ詳細に読み解いたもの。「米国からの圧力」という視点で具体的に戦後史を見つめたことのない大多数の人にとっては、本書の内容はまさに「衝撃的」に映るだろう。


 本書の意義は、通史として書かれたという点にある。ひとつひとつの出来事は、すでに彼の著作で明らかにされたり、他の研究者などが明らかにして、知られたものも多い。しかし、戦後行われてきた米国の圧力や裏工作を通史として総覧することで、戦後の日本外交が、対米追随と自主路線のせめぎあいを軸に展開されてきたことを、読者が理解できるような仕掛けになっている。


 オイラの知らないこともたくさんあった。たとえば三木武夫。「クリーン三木」という愛称で知られ、日本の「武器輸出三原則」を確立した、対米自主路線の政治家というイメージで一般には知られている彼は、戦前および占領時代から米国と特別な関係があったという。とくに田中角栄を有罪にするために採用した訴追手法は、過去に例のない対米従属的な方法だったという。


 また岸信介東京裁判A級戦犯容疑者、「昭和の妖怪」と呼ばれ、CIAから資金提供を受けていたとされる彼は、ゴリゴリの対米従属主義者かと思いきや、従属色の強い旧安保条約を改定し、米軍基地の治外法権を認めた行政協定の見直しを試みたり、中国貿易を推進し、中国との関係改善を試みた自主路線の首相だったという。そうした岸首相の自主独立路線に危機感を持った米軍およびCIA関係者が、経済同友会などを通じて全学連などに多額の資金提供を行い、安保闘争を盛り上げ、岸を退陣に追いやったのではないか、と孫崎は言う。「安保闘争を米国が支援した」というのは、オイラにとっては、驚愕の事実であった!


 佐藤栄作も自主路線の首相。1965年、アメリカが示した核不拡散政策に、ソ連、英国などは同調したが、日本は米国に同調しなかった。「核を所有する国が自分のところは減らそうとはせず、非核保有国に核を持たせまいとするのはダメで、このような大国本位の条約に賛成することはできない(下田外務次官)」その流れは、外務省の「核保有国は、非核保有国を攻撃しない義務を負うべきだ」という政策を立案し、1968年6月19日の「非核兵器国の安全保障に関する安全保障理事会決議」として結実するのである。 日本は、核兵器保有する国に対し規制を求める動きをしていたのである(すばらしい!)


 まだ他にも抜き書きしたい事実はたくさんあるのだが、これくらいにしておこう。ぜひ一人でも多くの人に目を通してもらいたい一冊。あえて欠点をあげるとすれば、後半が駆け足になって、1980年代以降の記述が少なく、通史としては、いささかバランスが悪い点だろうか。だが内容の充実度から言えば、瑕疵にすぎない。