MAD探偵 7人の容疑者


MAD探偵 7人の容疑者 [DVD]

MAD探偵 7人の容疑者 [DVD]


 (結末に触れています)
 またまた香港映画。上司の退職祝いとして、自分の耳をナイフで切り取って(狂気の人ゴッホをイメージしているらしい)プレゼントしたり、捜査の際は豚肉をナイフで刺しまくったり、カバンの中に自ら入って階段を転げ落ちたりして犯人を見つけ出したりといった、常軌を逸したエキセントリックな元刑事の「MAD探偵」が、若い刑事とともに殺人犯を追い詰めていく。日本では2011年に公開された。香港ノワールの巨匠ジョニー・トーと、ワイ・カーファイの共同監督。主演ラウ・チンワンラム・カートン


 なぜ元刑事がエキセントリックな行動を取るかというと、被害者と同じ経験をすることによって、殺人当時の状況が分かるという能力があるため。周囲から見ればMADな探偵だが、正確には超能力探偵と言うべきか。ただそうした能力を制御しきれていないために、MAD探偵は狂っているように見える。その壊れっぷりは見事なもので、狂気を漂わせたラウ・チンワンの熱演は一見の価値あり。


 また主人公にはもうひとつ特殊な能力がある。多重人格者のそれぞれの性格が人の形をして見えるのだ。容疑者は7つの人格を持っていて、MAD探偵が尾行すると、7人がぞろぞろ歩いているのが見える。容疑者が振り返ると、7人同時に振り返る。ぞっとさせられる印象的かつ独創的な場面。7人の人格のなかにはスーツを来た冷徹なOL風の女性の人格もいて、ボス的存在。立ち小便をする女ボス(!)にMAD探偵が挑発するために小便をかけると(!!)、怒った容疑者の粗暴な人格が顔を出し、主人公をボコボコにする。捜査する側も壊れているが、犯人の側も壊れている。


 そんな中、まともで観客が感情移入できそうな人物と言えば、若い刑事である。彼はかつて天才的手腕を発揮したMAD探偵を尊敬しており、教えを乞いに来る。ここまでは、定型的な設定である。普通の刑事ドラマなら、若い刑事は熟達者に振り回されながらも、そこから学び、成長する。そういう展開になるのだとオイラはてっきり思っていた。ところが、この映画は定型をなぞらない。定型を逸脱する。MAD探偵はあまりにメチャクチャなので、若い刑事は彼についていけなくなり、何とラストでは、若い刑事がMAD探偵を撃ち殺すのである(!!!)。そして最後に残った若い刑事は、拳銃の指紋を拭いて死体に持たせてみたり、また別の死体に持たせ変えてみたりという、殺人をごまかす間の抜けたシーンで幕が閉じる。


 正直物語のルールがゴチャゴチャして、混乱させられる。ストーリーを重視し観客に迎合する昨今の平凡な邦画やアメリカ娯楽映画なら、もっとすっきり整理するだろう。だが創り手は観客の混乱を逆手に取り、MAD探偵を打ち殺した若い刑事もまた混乱し、うじうじと「迷う」というラストを提示し、この映画をユニークなものに仕上げてみせた。異形の映画であり、メジャーな映画に飽き足らない人にとっては、カルト的な意味合いを持つ映画である。