『男たちの旅路』「シルバーシート」


男たちの旅路 第3部-全集- [DVD]

男たちの旅路 第3部-全集- [DVD]


 「男たちの旅路」は、全部で13話制作された。ウィキペディアによると、以下の通りである。


第1部
第1話 非常階段     1976年 2月28日
第2話 路面電車     1976年 3月 6日
第3話 猟銃       1976年 3月13日
第2部
第1話 廃車置場     1977年 2月 5日
第2話 冬の樹      1977年 2月12日
第3話 釧路まで     1977年 2月19日
第3部
第1話 シルバー・シート 1977年11月12日
第2話 墓場の島     1977年11月26日
第3話 別離       1977年12月 3日
第4部
第1話 流氷       1979年11月10日
第2話 影の領域     1979年11月17日
第3話 車輪の一歩    1979年11月24日
スペシャ
戦場は遥かになりて    1982年 2月13日


 「シルバー・シート」は第3部の第1話。都電に立てこもった養老園の4人の老人たちを、鶴田浩二らが説得する。


 超・超・豪華な俳優陣を見よ。レギュラーメンバー鶴田浩二、水谷豊、桃井かおり柴俊夫らに加えて、志村喬笠智衆殿山泰司加藤嘉藤原鎌足佐々木孝丸。日本映画の名作の数々に足跡を残してきた錚々たる名優が、これだけ共演した作品があっただろうか。「男たちの旅路」は、出演俳優の豪華さでも知られるテレビドラマだが、「シルバーシート」は圧巻である。


 印象的なのは志村喬。冒頭、羽田空港国際線(まだ成田空港のない時代である)をうろうろして、誰にでも声をかける老人として登場する。話しかけられた水谷豊と桃井かおりは、老人の話を煙たがり邪険に扱うが、直後、彼は空港でコロリと死んでしまう。この空港という場所設定がうまい。戦前のロンドン記者時代を老人が懐かしむ場所としても必然性があるし、離陸する飛行機は、まるで彼を死の国へ導く乗り物のようにも見え、絵的にも絶好である。脚本の山田太一は、彼を「気持ちよく」「殺してみせる」。このシーンがあるから、その後残された老人たちが都電に立てこもる後半の「やりきれなさ」が生きる。



 笠智衆殿山泰司加藤嘉藤原鎌足の4人が立てこもるのは、路面電車である。1970年代はハイジャックが多発し社会問題化した時代でもあった。ジャックする対象が路面電車とは、事件的にも見劣りがする。オイラには、古びた路面電車が、老人たちの存在と重なって見えた。冒頭の志村喬はコロリと死んだ。路面電車は、死にきれない老人の、やり場がなくみすぼらしい悪あがきの場所として、とてもふさわしく思えたのだった。


 老人たちは、なぜ自分たちが電車にたてこもったのか、どんな要求があるのか、なかなか口を閉ざして言おうとしない。いつもは若者と向かいあい、説教したり時には殴りつけたりする吉岡司令補(鶴田浩二)が、20歳以上年上の老人たちを説得する役を引き受ける。


 吉岡を前に老人たちは口を開ける。
 「年を取るまでは、年を取るってことが、どういうことかわからなかった。人ごとみたいに思っている。しかし、あっという間に、自分のことなんだねえ。ただ世間のね、重みになっちまう。仕事がしたくても、場もないし、力もない。大体、仕事に喜びを感じなくなってくる。名誉なんてものの虚しさがわかってくる」


 「私は使い捨てられた人間です。あんたもいまに使い捨てられてしまう。しかし、年を取った人間はね、あんたがたが、小さい頃、この電車を動かしていた人間です」「踏切を作ったり、学校を作ったり、米を作っていた人間だ。あんたが、転んだ時、起こしてくれた人間かもしれない。しかし、もう力がなくなってしまった。じいさんになってしまった。すると、もう誰も敬意を表するものはない。・・・・人間は、してきたことで、敬意を表されてはいけないかね? 今はもうろくばあさんでも、立派に何人も子どもを育てた、と言うことで、敬意を表されちゃいかんかね? ・・・・それがなきゃ、次々使い捨てられていくだけじゃないの!」



 これに対し、吉岡は「お気持ちは分かりましたが、違うんじゃないでしょうか」と言う。
 「私は、二十年後の覚悟はできています。少なくとも、こんなことはしない。年を取れば分かるなどと言うくらいなら、何故こんなとこに閉じこもったんです? 皆さんは甘えている。何を訴えたかったか考えてみろと謎をかけ、年を取ったら分かるなどと突き放すのなら、何故こんなことをしたんです。こんなことをした以上、通じても通じなくても、みなさんの思いを表へ出て言いなさい。そうでなければ、若い連中には、皆さんのしたことが、何のことかわからないでしょう。言いなさい。戸をあけて、言うだけはいいなさい。でなければ、すねた子どもが押し入れに閉じこもったのと変わらんじゃありませんか。戸を開けて、外の連中にしゃべりましょう」


 だが、この言葉は老人たちに届かない。彼の言葉は老人たちに電車占拠を止めさせるには、まったくの無力だった。反対に、老人たちは言う。
 「私たちの年にならないと分からないんだ」
 「今にあなたも使い捨てられていく」
 「あなたの20年後は、今の私たちと同じです」


 これらのセリフは痛切に吉岡に響く。言われて見れば当たり前のことである。誰もが年を取る。だが私たちにはわからない。その断絶のサマを断絶として、そのまま描く脚本家山田太一の強靭さをこの作品に見た。


 ラスト、彼は肩を落として言葉が出ない。水谷豊らに何があったのか聞かれた彼は「お前も年を取ると言われた」としか言えない。こんなテレビドラマがあるだろうか。50歳を過ぎ、周囲から尊敬され、人間的にも高いステージにいると思われているいい年をした主人公を、言葉を失い、立ちつくすような状況におき、途方に暮れたまま終わらせる。安直なエンディングを許さない。これが、吉岡司令補が桃井かおりの死に狼狽し、我を忘れ、ついには行方不明になってしまう名作中の名作、第3部第3話「別離」につながっていくのである。


山田太一作品集 (4) 男たちの旅路 2

山田太一作品集 (4) 男たちの旅路 2




関連エントリー

男たちの旅路」第12話「車輪の一歩」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20121210/1355265268

男たちの旅路」第11話「影の領域」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20121108/1352329020

男たちの旅路」第10話「流氷」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20121104

男たちの旅路」第9話「別離」その2

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120808/1344818863

男たちの旅路」第9話「別離」その1

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120807/1344818671

男たちの旅路」第8話「墓場の島」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120404/1333553986

男たちの旅路」第7話「シルバーシート

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120725/1343464308

男たちの旅路」第4話「廃車置場」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120711/1342150684

男たちの旅路」第1話「非常階段」

http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120623/1340462628