第58回全国高等学校演劇大会(富山大会)審査員講評 西堂行人氏「もしイタ−もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」青森中央高



 8月10日から8月12日にかけて、富山県富山市でおこなわれた、第58回全国高等学校演劇大会に、勤務校の高校生と一緒に、観客として参加した。最優秀に選ばれたのは、「もしイタ−もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」。以下、西堂行人氏の講評である。批評家らしい的確な指摘にさすがと感心。


 (引用開始)
 まず最初に幕が開いて、ああ甲子園今やってるんだなということを感じさせられた。明日から見ようかなと思った。甲子園を忘れさせるくらい熱気が高校演劇にあるので、現実を忘れてきたことを舞台に呼び戻されるという不思議な体験だった。


 この舞台は、何もない空間から、俳優たちが身体ひとつで作っていく、その知恵と工夫というものが、非常にクリエイテイブで豊かである。しかもそれが演劇の本質的なものに根ざしたクリエイテイブさであるということを、これほど見事に伝えてくれた作品はない。生身の人間が、声をそろえて足を踏みならして動いていくパワー、演劇の原点はここにあると感じさせられた。


 表面的には、笑いがあったり、巧みな演出、全力疾走があったりスローモーションがあったりストップモーションがあったり、そういう動きの多彩さ、楽しませる力がある。それに加えて、底に流れているのは、ある種のパロディ精神である。今の既成のものに対する批判的精神が根本にあるから、演技にしても、わざと沢村の投げ方を戯画化したりして、観客はマイルドに納得させられる。批評性のレベルが、演劇のレベルを一段引き上げていると感じた。


 この劇の仕掛けとして重要なのは、イタコという存在である。使い方の巧みさを感じさせられた。最初にイタコが呼び出すのは、沢村栄治という伝説の投手。彼についてのエピソードもいろいろと考られてて、戦争に送り込まれて手榴弾を投げさせられて肩を壊すといった無念の思いを抱えながら日本に帰ってきて、投げ方を変えていくという、こういうエピソードが、後になって効いてくる。投げられるにも関わらず投げない選手に対して、投げられなかった無念を、あんた晴らさなくてはいけないんじゃないの、そういう責任が今生きてるあなたにあるんじゃないの、と青年に突き付けていく。というふうに非常にうまくドラマとして沢村栄治が取り込まれているということに、後になってびっくりした。


 そういうことを通じて、描かれているのは、非常に重いテーマだったことに気づく。表面的にはお笑いだが、その底にあるのは、単なるお笑いでは済ませられない。甲子園に向かうという流れのなかで、沢村を救世主として、99%までうまく行くんだけれども、最後の1%で沢村栄治を返上してしまう。こんな嘘をついてあんたたちいいの?という問いかけを自分たちに課していく、そこに今を生きている人間の責任という言葉が浮かび上がってくるのだと思う。


 なぜ浮かび上がってくるかと言えば、その前に、9人そろって、さあこれからチームをやるぞって言ったときに、この女の子が先生方にコーチをお願いしにあがるわけだが、責任者は自分じゃないよと言って、教師たちが責任を回避していく。この大人たちの責任回避というものが事前にあるから、その後にある「責任」という言葉がこちらに重く届いてくる。こういう仕掛けを持ってくるのは、ドラマとして非常にうまいなと思う。


 「責任」は2回出てくるわけだが、もうひとつ2回出てくるのが、イタコを呼び出す登場人物である。これは昔の仲間である。野球部の亡くなってしまったであろう仲間たちが、もう一回呼び出される。一度目は沢村栄治。このときもうまいなと思うけれども、2度目の野球部員が出てきたときに、ずしっとくる。一度目はさりげなく流して、2度目に来たときに、本当の真実がときあかされる。そのドラマツルギーは見事だと思った。


 そこに描かれているのは、生き残った者たちが、何をしなければいけないのか、何ができるのかということである。野球なんかしていていいのだろうか、そんなトラウマを抱えてしまった青年が、死者によって祝福・承認される。津波以降の、生き残った我々が、当事者であろうとなかろうと考えざるをえないことが突き付けられている。今の時代に向き合った作品であり、本当にこういうことでいいのか、生徒ひとりひとりが考えなくちゃいけない問題として、作者は提示している。震災をネタに使う演劇ってずいぶん多いのだが、この劇はそれらとはちょっと次元が違う。そういう感想を持った。2012年、こういう年にこういう作品が生み出されたということは、大きな収穫・成果・事件だったのだと思う。
(引用終わり)


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