石井光太「遺体−震災、津波の果てに−」新潮社


遺体―震災、津波の果てに

遺体―震災、津波の果てに


 もちろん、東日本大震災の死体安置所には立った経験などない。だが、本書を読めば、その場所が、鮮明に浮かび上がってくる。安置所に置かれた多数の遺体が見えるようだ。災害の恐ろしさを改めて思い知るとともに、教訓を後世に伝えるためにも、我々すべてが、心して読むべき書だと思う。


 本書は、東日本大震災発生直後の極限状況のなか、釜石市の遺体安置所で、遺体の捜索・運搬・管理・検死・葬儀などに関わった人々の証言を集めたルポルタージュである。筆者は震災直後から現地に入り、遺体安置所ほか200名以上の人々の協力と、50名以上の人々の証言をもとに、震災直後の遺体をめぐる人々の混乱や当惑を、緻密に、そして抑制された筆致で、証言者の視点を大切にしながら淡々と書き進めている。


 釜石市では1000名を超える死者・行方不明者を出した。死体安置所には数百体の遺体が集められてくる。その様子は、我々の想像を遥かに超えて壮絶である。死体には震災の爪痕がまざまざと刻みつけられている。その中には人々の顔見知りもいる。家族もいる。オイラは読んでいる途中で、どうしようもなく感情が高まって、何度もページをめくる手を止めた。たとえば、こんな描写。


 安置所を訪れる人々のなかには、妻を探しにきた若い男性もいた。・・・・男性は静かに横たわる女性の死に顔を見下ろしていた。目が充血し、唇が震えている。しばらく黙っていたと思ったら、突然目を見開いて女性の遺体に向かって叫んだ。
 「起きろ! ここで何をやってるんだ! 早く起きろよ!」
 安置所の空気が凍りついた。警察や市の職員たちは近づくけきかどうかわからずにうろたえる。彼は周囲の目など一切気にせず。涙をこぼし。遺体にすがりつくようにさらに叫びつづけた。
 「早く起きろ! 帰るぞ。早くしろ!」
 彼は妻が目を開かないことを悟ると頭をかかえ、崩れるように座り込んだ(141ページ)。


 遺体は何も語らないが、生き残った人々に、強烈に何かを感じさせる、そのうえ遺体はゆっくりと変化する。腐っていく。そのことに人は向き合わざるをえない。遺体の描写も精緻を極めるのである。


 海でみつかる遺体としては、女性が多く、男性の場合は肥満体形のものが大半だった。これは死亡率が大きくかかわっている。脂肪は水に浮くが、筋肉は沈む。そのため、男性より女性、痩せ形より肥満体形の人の方が海で見つかる率が高い。ただ、損傷の激しい遺体の場合は顔をみただけでは男女の区別がつかず、遺体の特徴確認をする際は性器まで見て確かめなければならなかった(118ページ)。


 現実はオイラの貧困な想像力を上回る。数百体の遺体は静かにその場所に眠っているだけである。だが、ひとつひとつの遺体にはドラマがあって、その場所にいる人びとの心に(とどまらざるをえない人びとも含めて)化学変化を引き起こす。取り乱す人、立ちすくむ人、憂鬱になる人・・・・。しかし、職責を自覚し、遺体に向かい合い、死者に対して懸命に人間らしい眼差しを送りつづけ、活動を続けた多数の無名の人々には、本当に頭が下がる。市職員、民生委員、自衛隊員、医師、僧侶、消防団員、葬儀社社員・・・・。こうした人々の献身的な活動によって、死者が弔われ、ひいては地域が再生するきっかけとなったのだ。その様子を克明に知ることができて、本当によかったとオイラは思う。映画化すれば、きっといいものができると思います。