パシフィック・リム



 日本の特撮・アニメに造詣の深い監督ギレルモ・デル・トロ(「ヘルボーイ」「パンズ・ラビリンス」)が、レイ・ハリーハウゼン本多猪四郎に献辞を捧げたSF怪獣映画。近未来、太平洋の海底の裂け目から次々と送りこまれてくる「カイジュウ」に立ち向かう、人間搭乗操縦型マシン「イエーガー」の戦いを描く。


 この映画のカイジュウとロボットの造型は、日本の特撮ものやアニメの影響をモロに受け、そのことを隠そうとしない。また、夜の香港の街は「ブレードランナー」、基地は「スター・ウォーズ」、カイジュウの胎児は「エイリアン」など、おびただしい先行作品からの「あからさまな」「引用」で成り立っている。


 オリジナリティという点からすると「引用」は減点の対象である。しかし観客に先行作品以上の強烈なインパクトを与えることができれば、その引用はマルとなる。「パシフィック・リム」の場合、観客が一番見たいものをカイジュウとロボットの格闘に定め、先行作品に敬意を表したうえ、これでもかとばかりに圧倒的なヴィジュアルで観客の想像力を凌駕して見せた。「おめーら、カイジュウとロボットの決戦が見たいんだろ? じゃー見せてやるよ!」という監督の啖呵が聞こえてきそうである。アメリカにおいては、この映画の成果が日本の特撮・ロボットアニメの「布教」につながるのは確実で、「こちら側」に立つギレルモ・デル・トロの仕事に、オイラはすっかり嬉しくなった。


 またこの映画、和製特撮・アニメとの親近性ばかりが語られているが、、格闘場面は、いきなりの打撃中心の接近戦、ストリートファイトスタイルである。カイジュウが街に近づいてからわざわざ接近戦で迎え撃つのではなく、遠隔操作で退治すればいいではないかなどという野暮なツッコミは言いっこなし。オイラは正統的ストリートファイトスタイルにこだわり、ダメージを受けると操縦する者もダメージを受けるという設定にした心意気を買う。つまりこの映画は、「静かなる男」「波止場」「ロッキー」など、アメリカのアクション映画の正統的ファイティングスタイルの系譜に則っているのだ。ウルトラマンはじめ、日本の特撮格闘ものがプロレスの影響を受けているのと好対照である。



9・1追記


 「パシフィック・リム」は、日本の特撮・アニメはもちろんのこと、おびただしいアメリカ映画の文化的蓄積の延長線上に堂々と立つ「ジャンル映画」の傑作と言える。商業映画の企画書は、ジャンルに沿って書かれ、セールスはジャンルを強調して行なわれる。そして、観客もまたジャンルに沿って想像力を羽ばたかせる。かつて、サメが人を襲う映画が流行すれば巷に無数の動物パニック映画があふれ、ブルース・リーが流行れば無数のカンフー映画があふれた。映画は、個人的なスケールの芸術ではない。身もフタもない言い方をすれば、商業映画は芸術である以前に「商売」なのである。


 かといって商業映画を貶めるつもりはない。「商売」だからこそ、無数の作品が生まれ、ジャンルは深まり、おびただしい文化的蓄積が生まれる。本作からは、そうした文化的蓄積に対する畏敬の念が感じられる。そのことがうれしい。ギレルモ・デル・トロは「よくわかっている」のである。


「ジャンル映画」とは、
 「様々な映画を題材、テーマ、物語形式、登場人物などの共通の特徴を基準に分類したカテゴリー。コメディ、アクション、西部劇、ホラー、SF、その他があり、特に前述のような娯楽性や見世物度がより高いジャンルに属する映画作品に対し、代名詞的にジャンル映画の語を用いる事もある」。


             キネマ旬報「現代映画用語辞典」より