無能の人



 久しぶりの更新。
 つげ義春の同名漫画を、原作に惚れこんだ竹中直人がメガホンを取った1991年の映画化作品。マルセ太郎(1933−2001)に関心があって、その姿を確認したかったので本作品を見たのだが、その他にもいろいろ印象に残ったのでレビュウ。竹中直人のほか、風吹ジュン山口美也子マルセ太郎神戸浩神代辰巳いとうせいこう。DVDにて。


 映画は原作の独特の味を精密に再現している。とくに多摩川の石売り場のセットがいい。加えてアクの強い役者が、これでもかと言わんばかりに竹中直人チックな演技をするのが面白かった。いやそもそも竹中直人が、マルセ太郎らの演技に影響を受けているのだろう。マルセはギョロ目をぎらつかせながら、眼力鋭く悠々と演じていた。逆に、竹中直人は、割合に抑えた演技でバランスを取っている。


 そういえばマルセ太郎について、快楽亭ブラックが、「インテリ受けする」「くろうと受けする」と評していたが、なるほどと思う。ただ、この映画のマルセ太郎は、その片鱗しか表していない。彼の真骨頂は、漫談や形態模写にある。


 また、マルセ太郎の弟子を演じていた神戸浩。この人をオイラは初めてじっくりと観たのだが、その怪演を、オイラは一生忘れることはないだろう。愚鈍さがこれでもかと言わんばかりに異形の風貌に貼りついていて鮮烈だった。あと演技というところまではいかないが、鳥男を演じた映画監督、神代辰巳の異様な存在感もまた、この映画ならではの魅力である。


 ストーリーや構成もなかなか巧妙で、つげ義春の原作をほとんど解体することなく再構成し、一本の作品としてうまく成立させている。居場所がなく、社会の変化についていけないダメな男が、狂うこともできず、出奔することもできず、日常に立ち尽くしているサマが、とてもリアルだった。行き詰っているわけだから、酒でも飲んで憂さ晴らしでもすればいいと思うのだが、この主人公は酒に溺れることもなく、ただ悲しげな目をして、静かにそこに「いる」。その様子が、河原の名もなき石ころと重なるのが、象徴的でうまい作りに見えた。


無能の人 [DVD]

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無能の人・日の戯れ (新潮文庫)

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