吉見俊哉「万博幻想−戦後政治の呪縛」



          ちくま新書 ¥860(税別)



万博幻想―戦後政治の呪縛 (ちくま新書)

万博幻想―戦後政治の呪縛 (ちくま新書)


 僕は地方行政の末端にいて、それとは別に文化活動を行う立場にあって、地方自治体の主催する文化事業などとかかわることもあり、行政の決定的な無理解を目にしては、徒労感とやりきれなさを感じることも多い。大きなイベントになればなるほど、財政的にも内容的にも足かせは大きくなる。何年にもわたる計画の途中で、最初の理念が換骨奪胎され、骨抜きにされていく過程を僕は何度も見てきた。ましてや万博のような大々的な利権の発生する国家イベントになると、多くの人々の思惑が入りこんで、問題はますますややこしくなる。


 本書は4つの万博−70年の大阪万博、75年の沖縄海洋博、85年のつくば科学博、2005年の愛知万博に焦点をあて、「戦後日本における万博の役割とは何だったのか」ということを明らかにしている。山田洋次監督の「家族」に触れている本書の導入部から鮮やかだ。筆者のスタンスは、万博を通じて戦後社会の開発主義の問題点を批判的に検証し、それを実現したシステムをきちんと浮き彫りにするものである。


大阪万博は「紀元二千六百年」万博の復活版であった


 僕にとって興味深いのは、筆者が戦前との連続性も考慮に入れながら万博をとらえようとしているくだりだ。1970年の大阪万博は、1940年に開催予定だったが中止になった「紀元二千六百年」万博の復活版であることを筆者は指摘している。「・・・・オリンピックや新幹線=弾丸列車構想から万国博まで、総力戦体制のなかで三〇年代に構想されていた国家的なビッグ・プロジェクトのほとんどが、戦後、六〇年代になって実現していることとも関連している。中央の官僚エリートたちが社会に課題を与え、産業界や地域社会、メディアを組織的に牽引していく総力戦体制は、けっして敗戦で終わったのではない。むしろ戦後、軍部という不確定要素が排除され、占領期を通じて官僚システムが逆に温存・強化されたことで、達成すべき課題を軍事的なものから経済的、文化的なものに移行させながら高度成長期に全面開花するのである。オリンピックしかり、新幹線しかり。あとはどうしても「延期」されたままになっていた万国博を開催する必要があった・・・・・」(44ページ)


旧来の日本の発展を支え、蝕んできた仕掛け


 そして、大阪万博以後は、観客動員面では大成功を期待できないことを知りながらも、中央官庁や自治体が万博開催にこだわりつづけてきたのである。その理由を、吉見は次のように述べる。「万博はある意味で、膨大な観客を会場のスペクタクルに動員していくメディアであるという以上に、地方の行政システムが、中央の官僚システムと補助金、そして多数の大企業を巻き込んで地域のインフラを整備し、開発の基礎を固めていく重要な「動員」の仕掛けなのである」(178ページ)


 それは、戦後日本の発展を支え、また蝕んできた仕掛けだ。万博もまた、中央官庁と地元自治体、知識人、そして財界との綱引きの場であった。そこでは、知識人の掲げた理念は骨抜きにされ、会場建設のため自然は破壊された。その結果近代都市めいた会場が出現したが、それらの会場は決して知的な理念を体現したものではなかった。こうした「仕掛け」とその問題点について、吉見は冷静で抑制が効いた筆致で、資料を駆使しながら問題点を整理し粘り強く的確に論じていく。そういう意味で本書はとても読みごたえがある。

 

愛知万博が我が国最後の万博と言われるわけ


 そして、今やそうした旧来のシステムは、うまく機能しなくなりつつある。愛知万博に至っては、開発主義ではなく「環境」に焦点をあてた万博にシフトせざるを得なくなり、また市民の関与も(批判的なものも含めて)大きくなってきた。本書を読むと、それらの動きが手にとるように分かる。

 「結局のところ、戦後日本における万博の歴史とは、第一に、知識人たちの理念が繰り返し博覧会のちぐはぐなシステムのなかで挫折してきた歴史であり、第二に、会場となった列島の丘陵部や沿岸部とその後背地が、他の国家的なプロジェクトと連動しながら開発され、その自然景観を変貌させられてきた歴史であり、第三に、そのようにして誕生した変わり映えしない未来都市に、膨大な大衆が自分たちの「豊かさ」を確認する舞台を見いだしていった歴史であった。しかし最後に、そうした歴史の周辺部で、この行動経済成長以来の幻想のシステムを内破していくポテンシャルをもった市民たちが、少しずつ育ってくるもうひとつの歴史でもあった。(276ページ)」

 今後、旧来の意味での「万国博覧会」は、我が国では開催されないのではないか、と言われている。


 万博に直接興味がなくても、同時代を生きてきた者にとっては、本書を読むことによって、興味を喚起されるだろう。ちょうど3/25に愛知万博が開幕し、それとほぼ時を同じくして大阪万博で重要な役割を果たした丹下健三が死去したこともタイムリーだ。僕も読了後、関連本を何冊か買ってしまった。

 知的好奇心を刺激される一冊。