速水健朗「ラーメンと愛国」講談社現代新書


ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)


 ラーメンという、日本におけるもっとも大衆的な食べ物を、グローバリゼーションとナショナリズムから読み解いた一冊。オイラはこうした視点からラーメンに肉薄した本は初めてだったので、興味深く読んだ。


 まず、戦後日本の食生活の変化から、ラーメンのルーツ、パン食化という戦後のアメリカの食文化侵略、そして日清製粉安藤百福チキンラーメンの開発までを本書は視野に入れる。ラーメンのルーツは、明治中期に横浜や長崎の外国人居留地の屋台料理として入ってきた南京そば。それが居留地外に広がった第一号は、1910年、「来々軒」という店がきっかけ。ただし「来々軒」はラーメン専門店ではない。中華料理屋だった。支那そばは、そのメニューのひとつだったのだ。


 ちなみに「支那そば」と呼ばれた戦前の呼び名が「中華そば」に変わるのは、終戦翌年。戦勝国である中華民国から、「支那」の呼称をやめてほしいという外務省事務次官通達による要求があったから。また、「中華そば」という名称が「ラーメン」に変化したのは、日清製粉がテレビで流したチキンラーメンのCMによる影響だった。


 戦後、アメリカは日本の食事をパン食化・肉食化することで、余剰穀物を長期的に日本へ輸出することに成功した。本書では、そうしたアメリカの食文化侵略への抵抗手段として、日清製粉安藤百福チキンラーメンを開発したのだと筆者は言う。
 「病院用の栄養剤の商品化などのビジネスに携わっていた百福は、厚生省を訪問する機会が多く、日本の厚生省やアメリカ農業界の理不尽なやり方に反感を覚えていた。日本人がパンを主食にすれば、東洋の文化が西洋の前にひれ伏すことになる、そう考えていたのだ」(50ページ)


 時代は下って1990年代半ば。ラーメン業界は急速に日本の伝統を装うようになっていく。作務衣姿の店員、手もしくは書きの漢字をプリントしたTシャツの着用、らーめん屋から麺屋へというネーミングの変化、武士道ならぬラーメン道、店主がラーメンに対する蘊蓄を語る「らーめんポエム」。


 「1990年代末以降、日本のラーメンは、かつてラーメンが持っていた中国的な意匠をはぎとって、「日本の伝統」らしきフェイクで塗り替えていった。その期間とは、かつて「世界の工場」と呼ばれ、さらに「アジア最大の市場」となった日本の経済大国としての地位を、経済成長を遂げた中国が奪い去っていった時期と重なっている」(261ページ)
 ラーメンは時代を映す鏡である。その事実を本書は丁寧に拾いあげる。文章も平易でわかりやすい。おすすめの一冊。