武田知弘「戦前の生活」ちくま文庫

 
 オイラが戦後生まれということもあるのだと思うが、日本の歴史は、太平洋戦争の前後で断絶しているように思っていた。筆者も「あとがき」で書いているが、戦前の日本社会と言えば「「厳しい軍国主義だった」とか「自由のない暗い社会」というイメージ」を持つ人が多い。だが本書を読むと、そうした既成概念は吹き飛ばされる。


 戦前はオイラが考えるよりも、ずっと現代に近い時代だった。たとえば猟奇的殺人事件をひきおこした阿部定は、超人気国民的アイドルだったと本書は言う。「彼女が服役した栃木の女囚刑務所には、毎日、門前に20人以上が「出待ち」をしており、のべ一万通以上のファンレターが届き、その中には四〇〇通以上の結婚申込みがあったという。カフェや映画会社が契約金1万円(現在の二〇〇〇万〜三〇〇〇万円)を提示しスカウトも来た。日本人のミーハーさ加減というか、異常な遊び心というのは、今も昔も変わらないのである(16ページ)」大きな事件の起こった際の、国民やメディアの熱狂的反応は、実は戦前からあったのだ。


 その他目次を見ると「戦前からあった「税金の無駄遣い」」「日本のアニメは実は戦前もすごかった」「海水浴、避暑、湯治…けっこう誰でも旅行をしていた」等々とある。これらを読むと、戦前は別の社会ではなく、戦後の社会風俗が戦前からすでに準備されていたことがよくわかる。


 また、本書を読むことで、戦前から使われていた言葉の真の意味を知ることができる。たとえば「買い食いは絶対にしてはいけません」という言葉。何も子どもに自由を与えないというだけの話ではない。戦前には子どもの買い食いを禁止しなければならない切実な事情があった。


 切実な事情とはこうである。戦前はちょっとした病気で死ぬことが多かった。昭和10年代の死亡率は、1位結核、2位肺炎・気管支炎、3位胃腸炎。今の感覚では信じられないが、戦前は抗生物質などがなかったので腹痛で死ぬケースも多かったのだ。とくに当時の駄菓子屋は衛生状態が悪かった。冷蔵庫がないので、食品が傷みやすい。水道もないので、食器の洗浄も不十分。そんななかで、もんじゃ焼きやトコロテンを店先で調理していたのである。駄菓子屋は危ない場所だった。だから買い食いは禁じられていたのである。


 本書はこうした目からウロコの面白くて興味を引く内容が満載である。軽く読めるので誰にでもオススメです。



 こちらの方がコラム風なので、もっと読みやすい。映画「always三丁目の夕日」などのヒットで広まった、昭和30年代を極端に美化する最近の風潮に、本書は異を唱える。


 当時の日本や日本人は、まだまだ成長途上にあり、国民の大部分が貧困状態にあった。日本国民全員が、毎日白い米を食べることができるようになったのが、昭和30年代後半。高度経済成長のおかげで、物価上昇がひどく、経済成長の恩恵を受ける以上に、多くの人が物価上昇に困窮していた。衛生状態が悪く、日本人の約40パーセントが寄生虫に感染しており、新生児の死亡率は今より約20倍も高かった。
 平均寿命は今より15歳以上短く、大気中核実験のおかげでチェルノブイリ事故直後と同じレベルの死の灰が降っていた。