愛知万博「愛・地球博」見学記





 いろいろな悪い噂も聞こえてくる。だが吉見俊哉の「万博幻想」を読んでこれはと思ったこともあって、4/16(土)、はるばる愛知万博愛・地球博」に行ってきた。以下その簡単なレポートを。


芝生で寝転がるには入場料が高すぎる


 やれ名古屋からのアクセスが悪いだの、観客輸送用鉄道「リニモ」の混雑が予想されるだの聞いていたが、人は多いが混乱は少ない。JR名古屋駅から1時間あまりで会場に着く。

 午前10時。当日券を買い、北入場ゲートをくぐる。入場時の手荷物検査がうっとうしい。「精密機器が入っている」と申告すると、中を開けてX線にかけられた。空港並みの警備。

 中に入ると、かなりの人出。当日(4/16)は開会以来最多の入場者(約9万人)だったらしい。北ゲートのすぐそばに、目玉の企業パヴィリオンがかたまっていることもあって、長い行列に目を奪われる。「110分待ち」「整理券はもうありません」「次の整理券の配布は14時」何だこれでは企業パヴィリオンには入れないではないか。前もって整理券を予約することもできるのだが、ふらりと来た僕のような観光客には厳しい。

 結局粘り強く並ぶことはあきらめた。待つのは時間がもったいない。何しろ入場料が4600円もする。一日では全部を見ることはとても不可能だ。となればできるだけ多くの展示を見て回った方が得策だ。


 関係者だろうか。芝生の上でひなたぼっこをしている人もいる。持ち込みが許されるようになった手作り弁当を広げている人たちも多い。雲ひとつない晴天。緑や芝生はとてもきれい。のんびりした時間の過ごし方がふさわしい。だが、4600円プラス交通費を払った身にとっては「元をとらなきゃ」というあさましい感覚が先に立つ。

 一日で見て回れないコンテンツがあるのだから、入場料をさげてリピーターを増やすことはできないのだろうか。ゆっくりしたい、もう一度来たいと思っても、4600円という入場料がネックになる。これでは、せっかく作った庭園や森に入場者は足を運ぶまい。


ユルい外国館の展示


 ゴンドラに乗って外国パヴィリオンの立つ「グローバル・コモン」へ。

 外国館は安手の作りが目につく。どのパヴィリオンとも、共通のモジュール(まあ倉庫みたいなもの)を用い、ファザードだけをちょこちょこっと飾っている。モジュールの側面はむきだしで、手を抜いたパヴィリオンであることが見え見え。大阪万博の外国館の建築的充実ぶりと比べれば、今ひとつ熱気が伝わらない。

 展示もユルい。外国館の展示やパンフレットには誤植が多い。特にT館はひどかったよ。誰かチェックしてやれよ。僕には大笑いだったが。

 

 

 ユルいはユルいなりに楽しめたパヴィリオンもある。「カーサ ブルータス」2005年5月号でも紹介されていたが、僕が回った中でのおすすめ「オーストリア館」ではこんな感じだった。

 待ち時間ゼロで中に入ると、外国人のコンパニオンが唐突にやってきて「ワルツをおどりませんか?」僕はびっくりして丁重にお断りする。

 小さな部屋に案内されると、そこには説明なしで花の映像がひとつ。おいおい、これが展示かよ! と思って通り過ぎたのだが、花の匂いの展示であったことをあとで知った(笑)。

 一番大きな部屋では、木で造られた大きなスロープがあって、リュージュ(ソリ)体験(!)ができる。だが、レールのついた木の山をすーっと滑るだけ(!!)。ソリにまたがったら、後ろから民族衣装を着た女性のコンパニオン(日本人)が、後ろからガリ股で思いきり蹴ってくれた(ソリを)。何だかユルさがたまらない和みスポットだった。


 対極は瀬戸日本館。ここは、3つのフロアに(1)映像で日本文化を紹介するプロローグ(2)日本を紹介する15分ほどの演劇「一粒の種」(3)「光と風の庭」というアート・ギャラリーがあり、50分ほどでそれぞれを順番に巡っていくしかけだ。

 さすがにホスト国日本。内容の濃さもさることながら、オーストリア館と違い展示に気合を感じる。演劇も迫力あり。ただし音楽は大きいわ役者はわめくわで、何を言っているのかよく聞こえないので、僕は集中を切らしてつい居眠りをしてしまったが。

 アート・ギャラリーには興味深い作品もあったので、ゆっくり巡ってパヴィリオンを出ると、出口のところにコンパニオンが数人並んで、ほとんど完璧な笑顔と一分のスキもないお辞儀(完璧に揃っていた!)で「ありがとうございました」と見送りをしてくれた。「だからよくできている」とかいうのではなくて、その局地的な気合が、何だか日本的だなあと感心してしまった。


リアルに時代を反映する「愛・地球博


 全般的な感想を簡単に言うと、愛知万博は「熱のないテーマパーク」だった。

 仮設倉庫のようなパヴィリオンは幻想を喚起するには貧弱だ。飲食店の一部のバイト諸氏は、見るからに学生バイトで、イベントに参加しているという愉悦や一体感に欠けている。

 ネーミングのセンスもひどい。企業イメージアップの至上命令があるはずの企業館にしてもひどくて、「三菱未来館@earthもしも月がなかったら 」とか札幌みやげの「冬の恋人」のようなロゴで、「夢みる山 」とか、ハレの空間としての配慮に欠けるネーミングに僕はシラケた。

 企業館10館のうち、僕は3館に入場した。そこにあったのは国民にとって幸せに直結する未来ではなく、「企業のための」既存の技術の宣伝だったり、抽象的な映像展示だったりした。「幻想を売る」ディズニーランドやUSJなどと比べると、華やかさに欠け、未来を提示する力感にも欠けているのではと思う。

 モジュールがむき出しになった外国館の側面から、愛知万博の「裏側」がかい間見えた。それは観客の夢を奪う、リアルな側面だった。そのリアルな壁面の向こうに、僕は幻想を生み出す装置の綻びをはっきりと見たのだった。