「隠し砦の三悪人」


隠し砦の三悪人 [DVD]

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 雪姫について書く。「隠し砦の三悪人」(1958年)である。黒澤明の代表作の一本で、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ/新たなる希望」の下敷きとしたと言ったことでも知られている。


 雪姫はこの映画に登場する秋月家の姫。城を攻め落とされ、真壁六郎太(三船敏郎)らとともに敵中を突破し、危機また危機のなか友好国の早川領へ逃げのびる。「スター・ウォーズ/新たなる希望」のレイア姫の役どころ。上原美佐という女優さんが演じていた。


 ところが、雪姫はおよそ姫らしくない。背筋をピンと伸ばし、ホットパンツをはき、上からヒステリックに喋る。とくに足を大きく開いて大地を踏みしめるように常時立つ姿、これに異様な感じがする。どうしてこんなふうに立つのだろう? とても違和感がある。ひょっとしたら、黒澤明のことだから、何か史実や様式に基づく根拠があって、このような立ち方をさせているのではないだろうか?



 雪姫を演じた上原美佐は、あまり上手ではなかったと聞く。本作の抜擢で一躍スターになったが、9本ほどの映画に出演しただけ。「私には才能がない」と二年で引退したそうだ。「隠し砦」「雪姫」「大根」というキーワードで検索してみると、かなりきびしいコメントがずらりと並ぶ。確かに、不器用そうな感じは、作品からもよく伝わってくる。


 しかし「下手な女優のせいで、あんな立ち姿になった」という説明だけでは不十分だ。そもそも映画出演経験がない女優とわかって抜擢するのだから、うまく演じることができないリスクをカバーするのは演出の仕事である。それにいくら不器用だからといっても、役者の判断であれほど違和感のある立ち方はしない。想像力のない役者は類型をなぞる。あの立ち方は、どうみても「類型」ではない。黒澤からの指示があったに違いないのだ。


 では黒澤にはどんな意図があったのだろう。ヒントは「隈取りメイク」にある。雪姫は非日常的な「おそろしい」メイクをしている。時代劇は歌舞伎の影響を強く受けながら発展した。隈取りは顔の血管や筋肉を誇張するために入れたもの。役者の色気や、内的葛藤や異常性を際立たせるためのしかけである。


 雪姫は、単に男勝りの勝ち気なだけの姫ではない。城を攻め落とされ、身代わりの知己や家来は殺された。心中は悲しみと無念さに渦巻き、復讐を胸に誓っている。強靭な精神と激情を胸に、自らの力で苛酷な運命を切り開いていく活動的で強い、気位の高い女性。その臨場感のあるイメージを歌舞伎的に表現しようとしたのが、隈取りメイクであるとオイラは思う。雪姫は、現代的かつスケールの大きな「前代未聞の」女性なのである。


 雪姫の立ち方には、黒澤の試行錯誤が刻印されているとオイラは思う。戦後の女性の自立という時代を背景に、黒澤は「今まで誰も造形したことのない」女性像を作り上げようとしたのだ。その試行錯誤が、自分を大きく見せようとするあの立ち方なのではないか。だが役者がその意図を理解することなく、形をまねているだけなのでしっくりこないのである。


 色気も身長も重要な要素であり、きれいな足や美しい顔立ちもキャスティングの重要なポイントとして商業的には外せないのだろう。だが高い志が空回りしていて、それがあの立ち方の異様さに象徴的に表れているのだとオイラは思う。