『男たちの旅路』「影の領域」


男たちの旅路 第4部-全集- [DVD]

男たちの旅路 第4部-全集- [DVD]


  山田太一脚本によるNHK1979年放映のドラマ。第4部第2話。全13作(スペシャル1話を含む)のうち第11話。11/4のエントリーで触れた「流氷」の次の回。根室から上京してきた尾島(清水健太郎)が、先輩警備士である磯田(梅宮辰夫)の不正を目撃する。警備中、倉庫の洋酒のすりかえを、わざと見逃していたのである。目撃した尾島は、会社や事情のある磯田のことを考え、いったんは「仕方がない」と思い込もうとする。しかし吉岡(鶴田浩二)は、「うやむやにしてはいけない」と諭し、吉岡は同僚の磯田と対決する。以下は、吉岡が尾島に「悪いことは悪いことだ」と説く場面である。



吉岡 こういうことをうやむやにしてはいけない。大人か何だか知らないが、世の中分かったような顔をして、こういう事を許しちゃいかん。こういうことが多すぎる。悪事は明白なのに、うやむやにしてしまう。そういうことが多すぎる。悪いことだ、と言いに行った君が、世間知らずのようになってしまう。そんなことで、いい筈がない。


尾島 でも−


吉岡 でも、なんだ?


尾島 裏表っていうのは、やっぱりあるんじゃないですか? 悪いから悪いって、なんでもかんでも、あばけばいいってもんじゃないんじゃないんですか?


吉岡 そんなことで、どうする? お前が一生かかってあばいたって、まだ裏はあるんだ。はじめから、世の中こんなもんだ、と決めてどうするんだ?


尾島 そりゃあ、そうだけど−悪いことをした奴にも、無理もないところや、人情として許せるってところとか、そういうところがあると思うんだよね。


吉岡 悪いことを憎めない人間に、そんなことを言う資格はない。


尾島 現実には、そうするしかないっていうことってあるんじゃないですか?


吉岡 だから、なにもかも曖昧にして許せと言うのか? ギリギリのところでなければ、そんなことを言ってはいけない



 吉岡は、尾島と妹の信子(岸本加代子)を連れて、社長(池部良)のところへ行く。不正を働いた磯田も同行させる。吉岡は、不正を働いた磯田にも反論の機会を与えるため、声をかける。社長の前で吉岡に、現実はこんなもんだと磯田は言う。対する吉岡は「君のしたことが、うやむやに終わるのを、この子たちは見ている。現実は、こんなもんか、と思っている」「こんな風に、みんなが開き直ったら、どうする?」と言う。結局、社長は、吉岡の言葉を聞き入れて、磯田を警察に出頭させる決断をする。怒った磯田は、吉岡を殴りつける。吉岡はわざと殴られる。「殴りたいだろうなと思ってな」「建前を言う奴は、腹の立つものだ。殴りたくもなる。殴られるくらいは仕様がない」


 正義をなすことは難しい。青臭い机上の理想論をただ振り回すだけなら誰にでもできる。不正を働いた者の気持ちもわかったうえで、現実を覆っている「世の中こんなものだ」というあきらめをほどいていく。吉岡の懐の深さを感じる。これが大人のとるべき行動だ、そう当時高校生だったオイラは思い、深く感動したものだった。



 清濁あわせ飲む現実主義者の磯田を演じた梅宮辰夫がいい。堅太りで、ギラギラしている感じを、警備会社の制服(やスーツ)に押しこめている感じが、役柄によく似合っている。一方、根室から上京したての兄妹を演じた清水健太郎岸本加代子が、田舎っぽい朴訥とした純情さをよく醸し出している。現実と理想の間で揺れる若者という意味では絶妙の設定とキャスティングで、わざわざこの二人を第4部の中心にすえた山田太一の、いい意味での「計算」を見た。


 また、「流氷」までシリーズを支えた陽平(水谷豊)は、この回以降出演しない。冒頭「これ以上のつきあいは、ベタベタしそうだから、消えます」という伝言を残して退職するのである。スケジュールなど裏に事情があったかも知れず、唐突な展開に、放映当時、オイラはとても残念に思えたものだった。


 今見ても、陽平の消える理由はオイラには納得できない。だが、陽平を出演させたくない「作り手の理由」は分かる。彼は吉岡との付き合いの中で、吉岡を理解し心酔するようになっていった。「流氷」では、吉岡に対する共感を隠そうとしなくなった。対立し葛藤するポジションにいた者が、代弁者になったのだ。


 ドラマは対立と葛藤が重要な要素である。登場人物が吉岡に共感し代弁したのでは、渦を巻き起こすことができない。ドラマが始まらない。それに共感者はすでにいる。鮫島壮十郎(柴俊夫)である。ただ彼は寡黙であり、吉岡の気持ちを代弁することはないから、共感者として存在を許されているのだ。


 11/8追記:


 ネット検索をしてみると、岡崎武志さんという方が、鶴田浩二が兄妹を連れて、社長室に乗り込む直前の場面を「道を行く三人に、柴俊夫が途中から頭を下げて加わる。つまり、往年のやくざ映画の殴り込みシーンのパターンだ。鶴田はやくざ映画のスターだったから、30年前、この「影の領域」を見ていた視聴者の多くは、やくざ映画を想起したはずだ」と評していた。なるほどなあと感心させられた。







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