「暗渠2.0」ご挨拶(8月25日ヨンデンプラザ徳島)


 民衆を導く暗渠の女神


 「暗渠2.0」のセリフの多くの部分は、藤川里恵さんという、社会運動に力を入れている、実在の人の言葉で構成されている。藤川さんは、オイラがかつて顧問だった城北高演劇部OB。2015年の終わりごろ連絡がきた。「スピーチをするときに、読んでいるような感じじゃなくて、どうやったら怒りが乗るのか。強弱や間の取り方を教えてほしい」。乞われて古田は、通りいっぺんでありきたりの「教師らしい」アドバイスを返したのだった。


 数日後、返信があった。「実際のスピーチは、こんな感じになりました」。貼りつけてあった動画を見た。9分ほどの、長めのスピーチ。そこには、彼女の心の底から絞り出した、まさに「息の根を止めるような」言葉が並んでいた。心底驚かされた。スゴイ。こんな言葉のスピーチは聞いたことがない。彼女が労働運動に熱心に取り組んでいたことは知っていた。だが彼女がこんなふうな形で戦っていることを、オイラは不覚にも知らなかったのだ。


 藤川さん 街頭でのスピーチ 2015年12月13日


 スピーチ冒頭の「私は貧困層出身です」からして只者ではない。日本では、階級や階層の概念を明らかにすることはタブーである。エスタブリッシュメントに近い者ほど、階層社会があることを口にしない。認めると、貧困者への所得移転が必要になるからだ。藤川さんは、自分を「貧困層出身」だと規定することで、捨て身で「見えない貧困」の存在を白日のもとにさらしてみせる。それは「吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ」と高らかに謳った水平社宣言や、早逝したが「わたしはアイヌだ、何処までもアイヌだ」と書いたアイヌ少女「知里幸恵」に連なる。正統的な先導者としての資質をオイラは彼女の中に見たのだ。


 このスピーチ、多くの人が聞くべきだ、そう確信したオイラは、スピーチを元に過去三度舞台化をはかった。最初は2016年のはじめ、15分の上演、二度目は2016年11月、50分にふくらませての再演。三度目は2017年夏、一人だけの高校演劇部の男子部員でやろうと試みたが、最初のスピーチを朗読するだけで終わってしまった再々演。誰にでもできるものじゃないな、そう思って今回、二度目の公演時に主役を務め、好結果を残した桑原七実さんに声をかけたところ、出演を快諾してもらえたので、四度目の公演が実現したのだった。


 台本は少し変えた。ラスト近くに藤川さんの新しいスピーチを挿入した。これはよく練られたスピーチで、終わり近くに語られる「最悪死ねばいいから」「最後に死ぬっていう逃げ道だけは残しておいて」と笑う自殺願望の友達の切実さがとても印象的で、これをふくらませたいと思い、「死」のイメージを想起させるセリフをちりばめた。さらに「がんばれない」と追いつめられる藤川さんの夢の風景を追加した。


 藤川さん 街頭でのスピーチ その2 2017年4月15日


 「死にたい」「がんばれない」は今回のキーワードになった。新しいスピーチが入ったことで、内容が自然と整理され、まとまりが出た。それにしても藤川さんの言葉は、エモーショナルで、ギリギリで、切ない。閉塞した社会に飛び交う空疎なスローガンとは対極にある、藤川さんの印がはっきり押された人間的な言葉。世界を揺さぶる底知れぬ力を秘めた、このテキストなら世界と対峙できる、そんな予感に満ちたテキスト。藤川さんのテキストには、人を先導する力がある。オイラが藤川さんから連想する姿は、ドラクロアの有名な「民衆を導く自由の女神」に重なると言ったら、ロマン主義的に過ぎるだろうか。


 演劇には力があると信じている。誰かの心に刺さり直接感情を刺激することもあるし、エネルギーが余熱のようにゆっくりと伝わり広がっていくこともある。演劇は、劇場の席数や消防法の関係で、直接見られる人の数を増やすことはままならぬジャンルだけれど、演劇は劇場で完結しない。オイラも藤川さんのテキストに魅了されて、こんな文章を書いている。オイラの中では「暗渠2.0」は終わってない。余熱はまだまだ続く。