「男たちの旅路」第一話「非常階段」


男たちの旅路 第1部-全集- [DVD]

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 「男たちの旅路」は、1976年から1982年まで、NHKで放映されたテレビドラマである。警備会社を舞台に、戦中派(鶴田浩二)と若い世代(森田健作、水谷豊、桃井かおりら)の葛藤を、彼らが仕事で直面したさまざまな社会問題を通して描く。一話ずつ独立したエピソードの形式を取りながら、完全な独立エピソードではなく、少しずつ話は進展し、第九話「別離」では、思いもかけない悲劇的な様相を示す。鶴田浩二を除く出演メンバーも入れかわっていく。脚本は山田太一。以下、第一話「非常階段」を見た感想。


 「非常階段」は、警備会社の社員研修の場面から始まる。思い思いの服装でグランドをランニングする研修生たち。よく見ると、森田健作と水谷豊が交じっている。水谷豊は女の子にちょっかいを出し、森田健作は真面目に走る。それぞれの走り方に個性があっておかしい。
 このドラマで、もっとも存在感のあるのは水谷豊である。他の誰にも真似のできない、よく喋り虚勢を張る強がりの若者を、いつもの水谷豊印の演技で演じている。不器用な森田健作が食われている。とくにラストの森田のナレーションはひどい。


 教官は前田吟と金井大、中条静夫五十嵐淳子も警備員の中にいる。名だたる名脇役が多数出演しているのも、このシリーズの特徴である。


 その後、室内の研修の場面。指令補である鶴田浩二が登場し、水谷、森田を含む若い研修生6名に「君たちの力を教えてやろう。私を囲め。6人で私を逮捕するんだ」と言う。飛びかかった6人をあっと言う間にノックアウトする鶴田。いくら40年近く前とは言え、殴る研修などが許されるわけはない。鶴田浩二に代って怪我した若者に謝罪する教官の前田吟は言う。「あの人は若者が嫌いなんだね」。


 その後、警備員に採用された水谷豊と森田健作は、鶴田浩二と一緒に、飛び降り自殺者が多いビルの警備につく。そこへやってくる自殺志願者の桃井かおり。非常階段を上り、屋上の清掃用ゴンドラにたてこもる彼女を説得する鶴田浩二。最初は自殺を思いとどまらせようとするが、鶴田は「ふざけたことを言うな! 甘ったれたことを言うな!」と叱りつけはじめるのである。「こんな場所を選んで、わざわざノコノコ上がって来る奴に、死ぬ資格などない!」などと言う。このあたりを北山和彦氏という方がHPで詳しく採録している。非常に臨場感が伝わってくる丁寧な書きぶりなので、興味のある人は目を通してほしい。


 やっとのことで彼女を助けたあと、鶴田浩二桃井かおりを何発も思いきり殴りつける。今見返すとドキリとする場面である。カタギの人が他人を「殴る」という行為は、今では非常識極まりない、犯罪的行為と見なされるが、1970年代は人権感覚が現代と比べて違う。学校でも、殴るという行為がこの頃はまだあった。この回の中で、鶴田は都合3回、殴る。


 なぜ鶴田は殴るのか。叱りつけるのか。このあと、鶴田浩二が長いセリフを喋る。これがこのドラマの見せ場である。北山和彦氏が筆耕しているので、引用させていただこう。


「俺は・・・若い奴が嫌いだ。自分でもどうしようもない。嫌いなんだ。昔の話をするなと言ったな。めったに俺は昔の話などしない。今さらという顔をされるのはかなわんからな。しかし、昔を忘れることもできん。戦争中の若い奴は、つまり俺たちも、もっとギリギリに生きていた。死ぬことにも、生きることにも、もっと真剣だった。」


「明日は死ぬと決まった特攻隊の連中を、俺は忘れることができない。明日は確実に死ぬと決まった人間たちと暮らしたことがあるか?それも殺されるんじゃない。自分で死ぬんだ。自分で操縦桿を握って、自分で死んでいかなければならない連中と前の晩をすごしたことがあるか?顔色がみんな少し青くてな。でかい口をきく奴も、ふいと声が震えたりした。間もなく、俺も後を追うことになっていた。そんな晩が幾晩もあった。ある晩、『吉岡、星は出ているか』と聞いた奴がいた。出ていなかった。『見えないようだ』と答えると、『そうか。降るような星空というものは、いいものだったなあ』と言った。俺は一晩中、雲よ晴れてくれと空に願った。晴れたら、奴を起こして、降るような星空を見せたかった。翌朝、曇り空の中を、そいつは、飛んでいった。甘っちょろい話じゃないかと、今の奴は言う。しかしな、翌朝確実に死ぬとわかっている人間は、星が見たいと言う、それだけの言葉に、百万もの思いをこめたのだ。
 それを甘いと言う奴を俺は許さん。少なくとも好きにはなれん」


「いいも悪いも、あの時代俺をつくった。あれから後は、『そんなもんじゃない。そんなもんじゃない』と何を見ても思ってしまう。とりわけ、若い奴がチャラチャラ、生き死にをもて遊ぶような事を言うと、我慢がならん。きいた風なことを言うと我慢がならん。
 ・・・・俺は若い奴が嫌いなんだ。」(引用終わり)


 特攻隊の生き残りである鶴田浩二の、かなり長く無骨な心情告白でドラマは終わる。長セリフによる「説明」でドラマを強引に終わらせるのは、決して褒められたやり方ではない。それでも、「鶴田の説教」は、無骨な飾りのない心情告白であるがゆえに、見るものの心を打つ。戦中派と戦後世代の対立と葛藤にテーマを定めた作品は、今までなかったのである。テレビドラマのお手本というよりは、異形のテレビドラマといった感じである。。


 30年以上も前のテレビドラマであり、改めて見直してみると、チープな作り。とくに質感のないセットが気になった。夜の場面が多く、照明の光源が限られているせいか、余計に安っぽく見える。屋上のコンクリートがコンクリートに見えない。だが、それは現代の水準から見てのこと。作品の評価と結びつけるのは酷というものである。




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