裏切りのサーカス

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]


 (ネタバレあります)
 やっと見た。DVDにて観賞。2012年キネマ旬報ベストテン10位。ジョン・ル・カレの往年の名作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化。東西冷戦の真っただ中、イギリス諜報部幹部の中に潜りこんだ「もぐら」を見つけるために、引退したジョージ・スマイリーが活躍する。監督トーマス・アルフレッドソン。出演、ゲイリー・オールドマンジョン・ハートコリン・ファースベネディクト・カンバーバッチ他。


 登場人物は必要以上語らない。主人公のスマイリーを演じるゲイリー・オールドマンなど、幕開きから15分以上セリフがない。スクリーンは、男たちをじっくり映し、深く刻まれた皺や寡黙な渋さを際立たせる。クレーン、ドリー撮影、ズーム等、ゆっくりと移動するカメラは、広いセットなど「空間」と「人物」を見事におさめ、登場人物の息づかいや、ちょっとした視線や動きを意識的に拾い、ひと癖ある俳優の佇まいを際立たせ、その存在感を見事に立ち上げている。とくに被写界深度を浅くした画面のボケ味は見事である。


 分かりにくいのも特徴である。説明が最小限なうえ、設定や人間関係がややこしい。おまけに、時々、主人公スマイリーの主観で、回想シーンが唐突に挿入されるため、慣れるまでは戸惑った。おまけにDVDで見返すと、観客が十分ドラマに入り込んでいない段階だというのに(たとえばタイトルバック)、伏線をたっぷり仕込んでいる。観客がついてこられないのは、ある程度承知のうえで、何が起こっているのかわからないままに、スクリーンに釘づけにしようというのが狙いなのだろう。


 忘れられない場面がある。いっさい姿を現さないソ連側の仇敵カーラのことを、隠れ家でスマイリーが部下に話す場面である。スマイリーの机の前には空の椅子があり、そこにカーラが座っているかのように語りかける。まるでカーラがそこにいるかのように。
 スマイリーとカーラはお互いスパイ同士、お互い信じられる者もいない境遇なゆえに、かつてスマイリーは共感をこめて亡命をカーラに勧めたのだった。だがスマイリーの思いは届かない。カーラはスマイリーのライターを持ってその場を去る。そのライターは妻からの贈り物だった。その後、スマイリーの弱点が妻にあることをソ連側に突かれ、妻をソ連のスパイに寝とられ、スマイリーは動揺する・・・・。


 非情なスパイの世界。裏切り者がいる。誰も信用できない。妻も信用できない。スマイリーは老いてよろよろと立ちあがる。「人生とはなんと孤独なものだろう」ということを強く感じさせる。それでもこの人生を生きていかなければならない。その哀愁と絶望の深さときたら、オイラが見た映画の中でも一、二を争うだろう。冷戦時代のイギリス、鬱々とした低く雲のたれこめたような雰囲気が、その魅力を増幅している。


 分かりにくいのも、その味わい深い魅力にハマった者には何度もDVDを見させる陰謀と考えれば、合点が行く。他の映画では得がたい感興を残す映画である。