「SIGHT」2013年冬号「連載対談/内田樹×高橋源一郎「3.11と今回の選挙が、日本の戦後民主主義の底だ」
上の写真をごらんになったことがあるだろうか。背広姿の男が手を握り合って前を見つめている。チャーミングですらある。一度見たら忘れられない。
写真をネットで拾おうと探したが、日本語のページでは別アングルのものが一枚しか見つからず、結局フランス語のページから拝借した。日本では、この写真は、ほとんど注目されたことがないのかも知れない。
これは、雑誌SIGHT冬号、内田樹と高橋源一郎の対談で、高橋源一郎が示した写真である。手をつないでいるふたりの男は、フランソワ・ミッテラン仏大統領とヘルムート・コール西独首相。1984年、第1次大戦時、ヴェルダンで戦死した独仏の兵士を偲ぶ式典でのヒトコマである。ヴェルダンは、第一次大戦の激戦地。この戦いで、フランス軍36万2000人、ドイツ軍33万5000人が戦死した。ヴェルダンは、独仏の対立の象徴のような場所だったのである。
追悼式典において、どういう経緯でふたりは手をつないだのだろうか。この式典について書かれた日本語HPはほとんどない。わずかに「そのとき時代が変わった ヴェルダンでの独仏和解 ミッテランとコール Der Handschlag von Verdun」というHPがその様子を日本語で伝えている。
これによると、手をつなぐ予定は全くなかったそうだ。「コールに今の気持ちを伝えるべきだと強く感じ、手を差し出したら、コールが握り返してくれたんだよ」とミッテランは述べている。ふたりは数分間、ずっと黙って手を握り合っていたとのこと。そしてこの写真は、現在、ドイツとフランスの、高校の共通歴史教科書の表紙に使われているとのこと(この教科書は翻訳が出ている)。独仏の和解の象徴なのである。
SIGHTの対談で高橋氏は言う。「なんでこれを今日紹介しようと思ったのかというと、ここにあるのは、政治の言葉だからです」「政治の言葉って、すごくシンプルに言うとふたつあって、それは攻撃の言葉と和解の言葉なんです」そして日本には、和解の言葉はなかった気がする、と続けている。
日本の政治には、現代の複雑な状況をときほぐし、問題を解決するための豊かな言葉がない。空疎な決まり文句や、現状とはどこか乖離した言葉、攻撃する言葉ばかりが飛び交っている。たとえば、日本が近隣諸国との政治的和解をするために、政治家たちがどんな言葉を発していくのか、今の状況からはちょっと考えつかない。
「リセット」とか「チェンジ」とか「改革」ばかりでもううんざりだって」「決定」とか「スピード感」とか「待ったなし」という言葉づかいにみんなもう飽き飽きしている(ともに内田)」。和解の式典で、とっさに手をつないでみせたミッテランとコールの無言の「言葉」より、雄弁な言葉を、日本の政治家が持っているとは、オイラは到底思えない。
そしてそれは、教育の現場でも同じことが言えるかもしれない、とかなり強引にオイラの身の回りのことに結びつけてみる。「生きる力」「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」。手垢のついた言葉がスローガンのように繰り返されて、空疎な言葉が躍っている。攻撃の言葉のとびかうなか、教師は、自分の身を守るため、あえてつまらない手垢のついた言葉を紡ぐ。
言葉によって実存が生まれる。言葉によって子どもは変わる。身体とつながった豊かな言葉を。和解と寛容の言葉を。そんなことを、新年度入りの学校でオイラは強く思うのである。
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